最初はほんの少しの好奇心だった。
例えばこうすればどんな反応が返ってくるのだろうかと、ただ思考の淵を掠めただけのありふれた未知への欲求、これは、たったそれだけのものでしかなかったはずなのだ。
しかし、それはいつまでも頭のどこかにへばりついたまま、何をしていてもどこにいても、今なお消えることなく俺に実行を促そうとしつこく思考に纏わりついて離れない。
あの、浅い胸元や細い首筋を舐め上げながら、所有者を見せつけるための歯形をゆっくりと残していくような下卑た妄想。それが頭を過った瞬間から、俺は何をしていてもずっとそれに囚われ続けている、

(‥くそったれ、)

振り払うように心中で悪態を吐きながら、髪をぐしゃりと掻き混ぜた。
腹の辺りから怒りとも思えるような激しい嫌悪が身体中へ熱を広げていく。
果てがない。
どうしようもなく日々吐き気を伴って、じりじりと音を立てながら増していく感情。それに比例して、彼女に向かう後ろめたい欲情は自分ではどうすることも出来なかった。肥大していくばかりで、すでに収拾がつかなくなりはじめている。
今はまだ抑えつけることで隠し通せている衝動も、このままではいつかタガを外して、彼女に何かとんでもないことをしでかしてしまうのではないだろうか。そんなにじり寄るような不吉な予感は、近い内に、確信へと変わってしまうような気がしてならない。
今日まで長く続いてきた惰性、じゃれあいにも似た力任せの幼い衝突は、いつまでバランスを保つことができるのだろう。
全ての連なりが下らない体裁を取り繕うためだけのものであったのだとしても、俺はもう、自分に限界を感じていた。
蝮と顔を合わせるのが、指先が震えるほどに恐ろしいのだ。

「‥柔兄?」
「‥‥おん?なんや、金造」
「さっき蝮が呼んどったで」
「、‥おお。すぐ行く」
「‥柔兄、なんかあったんか?」
「‥‥いや?なぁんもないで、」

笑って、怪訝そうな金造に言うとその顔は更に渋いものに変わった。しかし、金造はそれ以上何も聞いてはこない。

「‥すぐ行くから、先にあっち戻っとれ金造」
「‥ん」

短息して、何か言いたげな眼差しには気づかなかったふりをする。そして踵を返した金造の背中を見送って、俺は一人、のろのろと歩きだした。
蝮に、触れたい。
腕のなかに閉じ込めたい。
ごく自然にそう思う延長に、どこか暴力的なものさえ孕んでいるこの感情をなんと名付ければいいのだろう。
愛、などと呼ぶには不確かで、生温く、恋と呼ぶには少し重過ぎて、薄暗い。
(ああ、)
手に入りそうな場所にありながら、手に入るものではないと言い聞かせるこの不毛さに、なんだかもう、頭がおかしくなってしまいそうだった。
今すぐ誰か、俺を立ち上がれなくなるほどに殴り飛ばして、二度とこんな思いを抱かなくてもいいようひどく打ちのめしてくれればいいのに。
自嘲気味に笑いながら、長い廊下を歩く足取りは今から裁きを受けに行くかのように重い。
(‥‥たとえば、俺がお前を好きだと言ってみたとして、お前はそれを容易く信じるのだろうか、)
ぎしり、きしり。
軋む廊下を抜けたその先の広間で、苛々しながら待っているだろう幼なじみの顔を浮かべて、俺はふっと息だけで笑う。どうせ、上手く行きっこない。諦めにも似た思いで足を止めて、何度か浅く呼吸を繰り返す。そうして理想的な志摩柔造としての笑みを口元に滲ませて、ぎしり、いつものように広間へと再び歩きだした。逃げ出すわけにもいかず、演じてその裏側に隠すのは、醜く浅ましい本能だ。嫌悪と吐き気を伴いながら、それでもぐらつく意志で押し殺す。この穏やかな日々がいつか終わりを告げるのだとしても、そうすることで俺の日常は危うい均衡を保ちながら、しかしそれでも確かに守られるのだ。
これでいい。
(‥そう、今は、まだ、)
低く自分に言い聞かせて、広間へと向かう足を速くする。そうして、さて、一体なんと誤魔化すべきか。遅くなった言い訳を考えながら、ゆるゆると天井を仰ぎ見て、俺は目を細めた。昔よく数えた木目の染みがひとつ、ふたつ、みっつ。大人になった今でも数えきれそうにはないそれらをぼんやりと眺めていると、ふいに幼い日のことが頭を過り、じくり。その懐かしさに胸の奥は微かに熱を持って震えた。もう、あんなふうに無邪気で、無知に過ごした尊い時間は、返ってくることなどないのだろう。遠い日の情景を瞼裏に滲ませて苦々しく息を吐き出せば、思考を辿る柔らかなどこかが静かに軋み、緩やかに深く、それは俺の中の暗い場所へ音もなくゆっくりと沈んでいくようだった、



























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title:子宮




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