春先の不安定な空にあおられて、
しめっているのに肌寒い風がひゅうるり、気味悪く肌の表面をなでていく。
こわがりなおれは、どこへ向けていいのかもわからない中途半端な胸のあつさをごまかすように、
鳥肌のたつ自分の腕を申し訳程度にごしごしとさすった。

「ん?なんだ志摩、さみぃのか?」
「ああ、うん、まあ。ちょっと」

目ざとく気づいた奥村くんに歯を見せて笑うと、怪訝そうな顔で首を傾げられてしまう。
いまいち理解しがたいとでも言いたげなその表情は、なんだか心底不思議そうで、おれは強ばっていた自分の顔の筋肉が少しだけ和らぐのを感じた。

「‥奥村くんは、体温高いしなあ」
「え、そうなのか?」
「うん?やってほら。手、出してみ?」

言って、出される前にすくい上げたてのひらは、
風に冷やされたおれの皮膚のざわめきを忘れさせるような、あたたかな熱を孕んでいた。
じんじん、
きゅうそくにあたためられていくおれのてのひらが、やんわりと握り締めている、奥村くんの乾いたてのひら。
その、奥村くんのてのひらが唐突に、無防備なおれのてのひらをぎゅっと、だけどびっくりするくらいにやわらかく握り返してくる、

「おお、ほんとだ。志摩の手、ちょっとつめたいなあ」
「、やろ?」
「ん。つめたくて気持ちいい」
「はははは、は。さいで」

笑って、気づかれないように目を逸らす。
なあんて、
ほんの少し、
ほんの少しばかりのためらいもなく、何のためらいもなくただただ触れているばかりの奥村くんの手は、おれの心をどうしようもなく動揺させてしまうから、
こんな時いつだって、おれは言葉に詰まってしまうんだ。

「‥奥村くんは、ずるい子やなあ、」

そう、呟いたら、なんだかもうこのてのひらを放してしまうのが、いやでいやでたまらなくなってしまう。

「急にどうしたんだよ」
「うん?別に、なあんもあらへんよ、」

不思議そうな顔をして言う奥村くんに、おれはちくんちくんと痛い胸を抱えながら、笑顔を作った。
なあんもあらへんよ。
そんな、下らない嘘っぱち。
だけどもちろんのこと、吐き出したおれの真逆に位置する本心なんてものを奥村くんは知らないのだから、
非難めいた感情をいだいてしまうだなんてお門違いもいいところなんだろうけど。
でも、それならばいっそ、そんなことを奥村くんは、ずっとずっと知らないままでいるがいいんだ、
そんな願いにも似た皮肉たらしい言葉は、実はもう随分と前から頭の中を巡りつづけていて、それは今でもたえることなく、延々と続いていて、
やむことなんか一切なくて、
(あ あ)

「奥村くん、」
「うん?」
「‥奥村くん」
「なんだよ、志磨」

たまらなくなって奥村くんを呼ぶと、何の疑いもなく見つめてくる瞳がまっすぐで、どこまでもまっ黒で、なのに光をはなっていて。
息がとまりそうなくらいにちゃんとそこには、おれの顔だけが映っている。

「あしたは、」
「おー、明日は?」
「‥もう少し、温かかったらええね、」
「‥ああ、そうだな。だって、もう春だもんな」

うなずきながら、
奥村くんは楽しそうに笑う。
なんだか、おれは目の奧がじんとするのを感じた。

「‥せやね。もう、春やもんね」

噛みしめるようにおれは奥村くんの言葉をまねた。
そうすると、無性に身体のまんなかのあたりがぎゅっといたくなって、
途端に上手く笑えなくなってしまう。
(ああ、ホンマ、どうしてなんやろうなあ、)
考えながら、泣きだしてしまいそうな心地で苦笑すると、
おれは何気ない仕草をよそおって、あたたかな皮膚から手をはなした。
遠ざかる体温。
肌を擦っても、もうやわらかなその温もりは戻らない。
だけど、それでもそばに居たいと考えてしまうのは、おろかなことなのだろうか。
曇りはじめた空はまだ明るさを残していたから、
誤魔化すように天を仰いだおれは眩しさに目を細めながら、
春らしかぬ冷たい日射しを胸の奥で心底憎らしく思った。




























一番ほしいものが一番遠いところにあるもので





title:コランダム





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