柔造には、惚れている女がいるらしい。ちょうど去年の今頃にニヤニヤとした鬱陶しい顔の金造から聞かされた台詞を、蝮はまあそんなものだろうと軽く頷き、受け流していた。それから、お前はおらんのやろ、寂しい奴、頭の悪そうな口調で金造に笑われた記憶は腹立たしいものとして蝮の中に未だにはっきりと残っていて、相手が居ないのは互いに同じであるというのにそれを棚上げして一体何を偉そうに、と思い出すだけでふつふつと嫌な気分になってしまう。などと、そんなことを思い出してしまうのも、理解し難いこの頭の痛くなるような状況に全ては起因するのであろう。はああ、蝮は憤りを含んだ息を深く吐き出した。自室で読書に耽っていたはずの蝮は今、重たくのしかかってくる大きな体躯をどうにか押し退けようと必死に腕に力を入れているところだった。抱きつくような体勢で蝮から離れようとしない柔造は酒臭く、気を抜けば羽交い締めにされて、あまつさえ甘えるかのように頭をすり寄せてきそうな勢いだ。(気色が悪い、)よもやこの男、酒の力で惚れている女と勘違いしてこのようなことをしているのではなかろうか。思えど、じたばたと暴れたところでこんな力比べでは適うはずもなく、どうにか抵抗して、現状維持の体勢で留まる程度がせいぜい蝮に出来る苦肉の策だった。時々、着物の裾から滑り込もうとするごつごつとした手の平を叩き落としては、蝮は柔造の肩を殴りつける。こん申が、ええ加減に離さんか。剣を孕んだ蝮の声は緩慢な動きを見せる柔造の耳に向けて何度も何度も放たれていたのだが、芳しい反応が返ってくることはないままだ。酒の席で無理にあれやこれやと飲まされたのか、ともあれ、その理由がどれだけ仕方のない事情を負っていたのだとしても心底鬱陶しいことに変わりはない。目もあてられぬ程に出来上がった状態でふらふらと他人の部屋に押し掛けて、挙げ句一直線にこちらに絡んで来るとは迷惑以外の何物でもないだろう。一応のところ自分も女に属する存在ではあるが、言わずもがな眼前の申が嫌いだと公言して憚らない件の蛇女なのである。世間一般のふわふわと可愛らしいばかりの女というものからはかけ離れているのだから、酒の力とはいえそのような類のものと間違えてしまうとは、甚だ呆れ返ってしまいたくなる。どこの誰と間違えて好きだ好きだと耳元で五月蝿いのか、そんなものはまったくもって知りたくなどはないが、こんな申に惚れられてしまった女には心底同情すると、蝮は柔造の頭を力一杯引き剥がそうとしながら天を仰いで顔をしかめた。
















意 志 不 通





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