あのね、本当は、白やピンクよりも黒が好き。日常的に溢れ返る見慣れたカラーではあるけれど、強烈で、何にも染まらずどこまでも底の見えない、深く引き摺り込まれてしまいそうな真っ黒な色が、私はどんな色より愛おしい。私という人間には無いような、ありふれていて、だけど圧倒的な存在を主張する何かを黒色はそこに秘めているような気がするからだ。
でも、だからこそ、困ったことに私はその黒というものを持つ彼女を視界に映すたび、無い物ねだりの愚かしい感情の端と端を無様に行ったり来たりすることを強いられていた。憧れと、羨みと、時々入り混じる苦くて惨めな劣等感。自分でも止められない非生産的な感情付与は、彼女と縁を切りでもしない限り、延々と死ぬまで続くような気がしている。

「……京子?どうかした?」
「…え?」
「さっきからぼーっとしてるじゃない」
「ああ、うん、」
「考え事?」
「…花の髪は、キレイだなって」
「、ちょっと、やだ。急に口説き文句みたいなこと言うのやめてよ」

意表を突かれたのか、一瞬だけテンポを遅らせて言った彼女は、ウェーブがかった髪を揺らしておかしそうに笑った。

「あたしは、京子みたいな髪が羨ましいけどね」
「そう?私は、花みたいだったらよかったって思うよ」
「はは、無い物ねだりってやつなのかしら」

そう、どこか困ったように苦笑した横顔は、浅慮な物言いでゆっくりと私を突き放していく。黒い髪。黒い瞳。だけどそれだけじゃない、黒い服も黒い靴も黒いアクセサリーも似合う私の一番仲良しな女の子。そんな花と並んだ姿が硝子や鏡に映るふとした瞬間、恐ろしく絶望的な気分になるのを私は今までに何度も喉の奥でグッと飲み込むようにして堪えてきた。だから、彼女が望んでいるような仕草で笑い返して、言葉を繋いで、代わり映えのしない彼女と私の関係を演じては、私は消化しきれないどろついた胸の内に疲弊していくのだ。自分でも疑問に思えるくらいにすり減らされていく神経なんて、他人には理解できやしないだろう。とはいってもまず、それ以前に私は誰かに気付かれるつもりなんか毛頭ないのだけれど、息苦しくなりながらもそれでだって私は彼女の隣に立ちながら、あの美しい黒にじりじりと恋い焦がれている。
(私は、それを知ったから、)
私が黒を避けるのと同じようにして、彼女が実は白やピンクを避けているということ。
ふいに私を見つめる瞳が、微かに暗く濁ること。
笑っているのに笑っていなくて、楽しくなくても微笑んでくれることにも。
気づいたのだ。
気づいている。
(だって、花は限りなく私とおんなじだ、)
確信と願望、憧れと羨みの線の上。
私の卑怯さや浅ましさが、私を見つめてくる彼女の瞳の中にも存在するのだと気づいた日から、私はひどく打ちのめされると同時に、どうしようもなく満たされるようになってしまった、

「ねえ、花。寄り道して帰ろうよ」
「寄り道?どこ行くの」
「クレープ屋さん」
「ああ、いいね。まあ、あたしはコーヒーしか頼まないけどさ」
「うん。でね、私、イチゴと生クリームのクレープが食べたいんだ」
「あんたも好きだよねぇ、それ」
「あはは、でも多分食べきれないから、花も半分手伝ってね?」
「もう、仕方ないなぁ」
「で、その分、花のコーヒーは私がもらうの」
「ちょっと、ええ?何それ、意味わかんない」

くすくす、そんな他愛ない会話を交わしながら、笑って、だけどやっぱり無い物ねだりを水面下では行ったり来たり。愚かしい感情の端と端を無様に揺れて、何も無かったような顔をして見せる私は一体どんなふうに映っているんだろう。でもね、本当は私、イチゴと生クリームのクレープなんか好きじゃないし、花が砂糖の入っていないコーヒーを美味しそうに飲むところなんか、一度だって見たことがないんだよ。ねえ、知ってた?きっと花は知らないんだろうけど、花の大人びたフリになんか私はとっくのとっくに気づいてた。でも、だからこそ、それならば早く気がついてしまえばいいと思うのだ。
どうして、私がイチゴと生クリームのクレープを頼むのか。どうして、花のコーヒーを飲みたがるのか。
ゆらゆらと考えては重たいものに身を浸す私は、うっとりと瞬いて目を細める。

「京子、何か面白いことでもあった?」
「…ううん?まだない、かな。でも、多分これからあるだろうから」
「……ふうん?よくわかんないけど…まあとにかく今は、クレープ屋よ。ほら、帰りが遅くなっちゃうでしょ?」
「あはは、そうだね。早く行こっか、」

屈託なく笑う花に、私は薄く微笑みを返す。私は、黒が好き。白やピンクより、どうしようもなく嫌になるくらい、それは他のどんな色よりもただただ黒が愛おしい。私には無い物だから、欲しくなる。でも、時々それと同じように、黒が大嫌いになる瞬間もある。ほんの一瞬、例えば、今みたいに花が笑った時。
なんて、ね。
思う間にも風に黒い髪がふわりと揺れて、それを横目に私が静かに瞬くと、花が不思議そうに首を傾げて柔らかく私に微笑みかけてくる。ああ、なんて綺麗、。そう思う裏側で、相反する感情の均衡は徐々に崩れはじめていた。
確信と願望、
憧れと羨みの線の上。
貴方の優しさは時々、痛い。
私の卑怯さや浅ましさが、私を見つめてくる彼女の瞳の中にも存在するのだと気づいた日から、私はひどく打ちのめされると同時に、どうしようもなく満たされるようになってしまったけれど、もっと、もっと、同じになってしまえばいいと願うのを止められない。
ある意味その黒よりも純粋で、
真っ黒なものに染まるこの気持ち。
(ねえ、はやくはやく、気づいてね、)
(だってあなたは、私の愛しく憎い、おともだち)










さ さ な き 美 化



少 々 の 悪



title:深爪

20150722


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