この世界に溢れているらしい良いことや悪いことが、いまいち僕にはわからなかった。面白いのか、面白くないのか。僕にとってはそれくらいの大きな区分での感情仕分けでしかなくて、だけど、それだけじゃあ僕以外のほとんどの人間は快くよしとはしてくれないから、彼らには悪いのだけれど、僕は時々白けた気分になってしまうのだ。どうにもこうにも詰まらなくって、退屈で仕方ない灰色の毎日。ゆらぐ思考の波を浮遊していると、ふいにさらり、さらり、甘やかすような手つきでひやりとしたてのひらが僕の髪を撫でていった。小さくて、やわらかくて、どこまでも少女めいた彼女の肌は、幼いのに僕よりも冷たくて心地いい。口を開けばかしましい唇も、淡いピンク色をゆらゆらとさせながら時折弱々しい言葉を吐き出すことがあるものだから、耳障りだと思う前になんだか不思議と好ましく思えてしまうから、彼女への興味はまだまだ尽きそうになかった。ああ、それに、今だって。僕が目を閉じているから眠っているとでも思っているのか、降り注ぐ雨露の重さに耐えきれなくなった葉が、ぱたりと雫を落とすみたいに震える声で彼女は「びゃくらん、」と囁くように呼びかけてくる。

「‥なぁに?ブルーベル」
「‥‥にゅ。なんだ、やっぱり起きてたんだ」

ゆっくりと目を開いて僕の瞳に映り込んだのはどこか不満そうで、怒ったような彼女の顔。眉間に皺がぎゅっと寄っている。面白いね。口元が緩むのを感じながら彼女の鼻を摘むと、小さく驚きの声を「うにゅっ」と漏らして目をパチパチ瞬かせるから思わず声に出して笑ってしまった。

「びゃくらん!」
「ああ、ごめんごめん。可愛いからつい」
「かっ‥かわ‥!?」
「‥‥ブルーベル、顔が真っ赤だよ」
「っ、びゃ、くらんの、ばか!」
「あいた、」

べち!と、怒りだか羞恥だかで顔をイチゴみたいな色にしたブルーベルが振り下ろしてきた手で、額を勢いよく叩かれる。地味に痛い。でも、嫌な気分になるわけじゃない。反射的に額へ手をやりながらブルーベルを見上げると、むっとしていたブルーベルは少しだけ眉を下げて、こわごわと手を伸ばしてくる。

「‥‥びゃくらん。今の、いたかった‥?」
「ううん、全然」
「‥‥ホントに?」
「うん。まあ、びっくりしたけどね」

笑うと、ブルーベルは何故だかさっきよりも眉を下げて、僕の額に無言で触れてきた。細い指先が、僕の睫毛の先で微かに揺れている。

「‥ブルーベル?」
「‥‥‥‥びゃくらん、おでこ赤くなってる」

唇を引き結んで呟く顔がちょっとだけくしゃりと歪んで、触れる場所の温度は心地よく冷たい。ああ、彼女はなんでこんな顔をするんだろう。泣きそうなのとも違う、痛いのを我慢するみたいなブルーベルの顔を見ていると、胸の辺りにもやりとしたものが広がっていく。

「‥‥変な顔、」
「っ、うにゅ!?」

だから、また彼女の小さな鼻を摘んで、驚かせて。そうして目を丸くしてパチパチと瞬かせるブルーベルには、もうさっきまでの僕にとって面白くない何かは存在しなくなる。うん、これでいい。満足して口元を緩めると、ブルーベルは呆れたような眼差しで僕の頬をつまみあげた。

「、いひゃい」
「もう、そんなのしらないもん!」

少しばかり拗ねたように言う彼女の、僕の頬をつまむ力はだけど弱くてわざとらしい。だからちょっとだけ伸ばしたり、捻ったり、唇を突き出して仕返しとばかりに頬を突いてくるのがなんだか段々とおかしくなってきて、僕は頬をつねられながらも、また堪え切れずに笑ってしまった。彼女はじんわりと目元を赤くさせて、僕が面白いと感じる仕草を分かっているみたいに、力一杯にぎゅうと眉間に皺を寄せて僕の頬から手をはなす。

「怒った?」
「おこってないもん」
「‥怒ってるよ?」
「‥おこってないもん」

むっとした顔で言うブルーベルの、柔らかな指先が触れていた場所から熱が戻って、じぃん、と微かに痺れていく。おかしいな。いろんな何かが物足りない。彼女が面白い表情というのを浮かべているのに、なんだかそれもおかしな話なのだけど。でも、そんな感覚を彼女がもたらしているのだと自覚するだけで、僕は僕の胸が躍るのを感じている。ああ、だからもっと、彼女の色んな顔を見てみたい。例えばこのまま君の足が痺れるまで寝転んで、君を困らせてみるのもいいかもね。
(そしたら君はきっとまた怒ってしまうのだろうけど)
(どうしたって僕はそんな君が、たまらなくいとおしいと思うに違いないよ、)



















君と泳ぐ灰色の日々



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