約束なんて、果たされない。そう理解していながらも叶う前に霧散していく願いたちは、そのほとんどが思う通りの形以外で像を結んでゆくから、あたしはいつだって落胆してしまう。ああ、最初から、何一つ欲しいなどとは思っていなかったはずなのに。そう、頭の中で響く悪態ともつかない言葉は自嘲の笑みを口元に浮かべさせるには十分で、あたしは自身の喉の奥がひくりと収縮するのをぼんやり感じていた。あの、優しい台詞や指先や唇が、捕食者特有の疑似餌であると疑わないわけではなかったのに、気づいた時にはもう手遅れで、何かが、欲しくて。今では目に映るその全てが欲しくなってしまっていて、気分は真っ逆さまに急降下。人間の欲なんてものは本当にどこまでもきりがない。手には入らないと分かっているのに、だからこそ余計に欲しくなる。一つ手に入れば、更にもう一つ。もっと、もっと、それだけじゃ足りなくなって、欲しくなって、自分だけのものにしたくなる。だけど、本当は最初から何一つ手に入ってすらいないのだって、頭のどこかでは理解しているから、そんな錯覚に陥るような甘やかな一言はいつだって最終的に、あたしの心臓をぎりぎりと締め付けるにはひどく容易いものへと、その形を変えるしかなくなってしまうのだ。

「今日も、泣いてみたりはしないんですねぇ」

皮肉たらしく目を瞬かせながら言うフランが、無表情に努めるあたしに向かって小さく首を傾げてみせる。ふざけんじゃないわよ。口をついて出そうな罵倒の言葉も、収縮を繰り返す喉からはほんの少しも絞り出すことが出来なかった。あたしは、綺麗に磨き上げた親指の爪の付け根に乗る見栄えの悪い、薄い薄い甘皮をもう片方の手で弄るようにしながらぎゅうと強く摘みあげた。泣いたところで、手に入るものなんて一つもない。いやだどうしてと駄々をこねても、それはただひたすらに幼稚な己を露呈するだけだ。変化は、訪れない。そんな自分の存在を否定しないわけではないけれど、馬鹿馬鹿しくも堂々巡りな笑えない内情を知っているのは、あたし一人で十分なのである。

「泣いてくれたら、今すぐにでもミーは貴女に付け入りますよ?」

無視を貫こうとするあたしに、フランが間抜け面にうっすらと笑みを浮かべて口を開いた。机に肘をついて、ゆったりとした口調で零される浅慮なフランの台詞には、きっと毒もまやかしも含まれてはいない。けれど、度々提示されるその案に心が傾くことはなかった。

「フラン。下らないこと言ってないで、アンタはさっさとここから消えなさい」
「幻覚じゃないんで、さっさとここから消えるのは無理ですねー」
「だから。あたしは、今すぐ部屋から出てけって言ってんのよ」

鍵を閉めても、まるで最初からそんなものがなかったみたいに当たり前の顔でこの部屋に現れるフランは、あたしの言葉が理解できないとでも言いたげにわざとらしく肩を竦めた。そうして、その竦められた肩から続く手の先には、落ち着いた深い赤の包装用紙でラッピングされた小振りな箱が握られている。

「‥それにしても、今日のプレゼントはなんなんでしょうねぇ」

まあ、別になんでもいいんですけど、受け取ってもらえないのでミーは帰るに帰れません。ふてぶてしい態度のフランは、また連絡します、そう美しい文体で書かれたカードが添えられた赤い塊をゆらゆらとあたしの目の前でぶらつかせた。その、形だけの、素敵で綺麗な贈り物。指輪に靴、口紅、鞄、洋服、帽子、香水、ネックレス。挙げれば途方もない、これまでにフラン伝いで贈られた美しくも愛らしいそれらは、あたしの部屋で日に日にガラクタの山と化している。それが一つ増えたところで、あたしの目に映る景色に大した変化など起きもしないのだろう。

「明日って、」
「はい?」
「燃えるゴミの日だったかしら」

独り言のつもりで呟いた言葉に反応して、ゆるりと頭を揺らしたフランは眠たそうな目を何度か瞬かせた。

「さあ。明日は、不燃物の日なんじゃないですかねぇ」

無機質で淡々とした、高くも低くもない奇妙な声音。
近頃それが時たま心地よく思えてしまうのは、馬鹿馬鹿しく思えるほどに聞き慣れて、望んでもいないのによくよく耳に馴染んでしまったからなのだろうか。
思えど、その真偽は分からない。
考えながら、あたしはフランの手から赤い小箱を取り上げた。
きょとんとした顔のフランは、パチパチと目を瞬かせる。

「‥ああ。お片付け、手伝いましょうかー?」
「結構よ」

お堅く突っぱねてみても、フランは何故だか短息すると嫌味なくらいに今日一番の笑みをゆっくりと顔に浮かべる。
満足そうなため息を零すフランが憎たらしくて、あたしは顔をしかめた。
(ああ、なんだか、手の中の赤い小箱がちくちく痒い)
(フランがこれをじっと見つめてるからかしら、)
苛立ちに紛れて、出ていけと言いたげにきつく睨みつけても、小さく笑ってフランは顔をゆるませる。
どうにか追い出すことができないものかと思案するあたしに反して、居座るフランは珍しくも笑みを浮かべ続けながら、まだ、暫らくはその腰を上げるつもりはないようだった。






















きみの終末がほしいです




title:子宮




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