あたたかなこたつと、ふわふわのカーペット。
ドアを開けた途端、視界に飛び込んできたその二つにハルは己の理性がぐらりと大きく揺れるのを感じた。
この部屋には随分と馴染みのない、しかし、いちだんとさむくなってきたこの時期にはぴったりな存在。
今すぐにでもずぼりと飛び込みたくなってしまう衝動と、どうしてこんなものがこの場所にあるのだろうという疑問が、ハルの中でむくむくと膨らんでいく。

「‥おい、さみぃだろ。さっさと閉めろよ」

入り口で立ちつくしたまま不思議な景色を見つめていると、こちらに背中を向けて、すでに体の半分をその中に埋めている人物が振り向くこともなく不機嫌な声でボソボソと零す。
(ああ、確かに、)
言われてぶるりと思い出した寒さに身を震わせ、ハルはドアを閉めながら獄寺の隣に腰を下ろした。

「‥あの、入ってもいいんですか?」
「、はあ?何のためにこんなもんわざわざ用意したと思ってんだよ」
「はひ、何のためにって。寒いから、ですよね?」
「‥‥おまえな。この間、自分で言ってたこと忘れたのか?」
「この間?」
「‥‥‥‥‥もーいい。知らね」

こてん、首を傾げてハルが不思議そうに聞くと、獄寺は眉間にシワを寄せて短い息を吐きだした。
怒ってはいない。
けれど、ハルの目にそれが呆れたような横顔に映るのは、気のせいではないのだろう。

「‥中、入んねーのかよ」

どこか投げ遣りな口調で掛け布団がめくられる。
ハルは目をぱちぱちと瞬かせ、暗に促されるがまま獄寺の隣の空いたスペースへ移動した。
いそいそと腰を落ち着かせると、ふわり、布団は下ろされて、心地よい温もりに包まれる。

「あったかいです、」
「‥おー、そりゃよかったな」
「ごくでらさん」
「あ?」
「こたつとカーペットは、もしかしてハルのためですか?」
「さあ、どうだろうな」
「‥今、はぐらかしました?」
「‥ふ、は。さあ、どうだろうな」

覗き込むようにして聞いたハルが、どこかむっとした顔になる。
獄寺はそれを小さく笑って、机の上のミカンに手を伸ばした。

「、あ、ミカン」

今気づいた、といった顔で呟くハルを獄寺はまた小さく喉の奥で笑った。
銀色の指輪をいくつもつけた長い指が、器用に皮をつなげたままそれをスルスルと剥いていく。
甘酸っぱい鮮やかな香りがじぃわり、ハルの鼻先に広がった。

「‥ん。手、出せ」
「はひ?」
「‥‥こたつでミカンが好きなんだろ?」
「え。あ、はい、もちろんだいすきですけど‥‥」

どうして、それを?
言いかけて、しかしその寸ででハルはつい先日したばかりの会話の中の、とりとめもない一言をぼんやり思い出した。
(ごくでらさん、ごくでらさん、冬はこたつでミカンなんですよ?)
(はあ?だからなんだよアホ女)
そんな、短いやりとり。
自分でだって忘れてしまうような、特に意識なんてしていない、一瞬だけの台詞でしかなかった。
ちゃんとした答えなんか求めていなかったし、あの時だって彼は、興味のなさそうな顔をして聞いていたはずだ。
(なのに、いったいどうしてなんだろう)
くるくる。
一度も切れることなく果実から引き剥がされたオレンジ色の細長い皮は、机の上で奇妙な円を描いて静かに横たわっている。

「‥ごくでらさん、ハル、ミカンをひとつ剥きたいです」
「なんでだよ。そこにもう剥いてんのがひとつあんだろ」
「だって。ひとつじゃ足りないんです」

てのひらに乗せられたミカンは丸くて、小さくて、口に入れればきっと香りのままに甘酸っぱい。
(だけどハルは叶うなら、それをあなたと共有したいと思うんです)
どれだけお前はミカンが好きなんだと、見当違いな台詞を口にする獄寺にハルは不満げに唇を尖らせる。
(ばか、もう、ちがいます)
(まったくぜんぜんちがいます)
(ハルが好きなのはあなたです!)
頭の中で思っても、なんだか癪で言いたくない。
ハルは獄寺の声を無視して、無言でミカンを剥きはじめる。
ぷちり、獄寺のように上手くひとつながりにはできず、すぐにはがれてしまうけれどそんなことは気にならない。
ハルを見つめていた獄寺は、小さくため息を吐き出した。
それから歪な形の皮をつまんで苦笑すると、ハルの髪をくしゃりと混ぜる。

「‥へたくそ、」
「‥‥‥うるさいですね。そんなのハルだって言われなくても分かってます」

不貞腐れた口調でハルが返す。
しかし獄寺の微かな低い笑い声は居心地悪くもゆったりと、更にハルの耳を甘やかにくすぐるのだった。




















右脳のハニー





title:深爪




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