急速に見舞う虚脱感。
つい一瞬前までは嫌悪を抱くほどのどろどろとした快感と痛みを強制的に与えられていたというのに、絶頂を迎えた途端に体はクリアな視界と意識を取り戻していく。
これは、オスの生存本能というやつなのだろうか?
種を吐き出し、コトを終えれば外敵から身を守るべくひどく冷静に切り替わる脳内心象。
小難しいことなんざよくしらないが、まあ、もしそうなのであったとしても今のおれには自分自身の身を守る術など何一つない。
重い体を起こすのが億劫で、おれは上がった息を整えながら目だけをちらりと動かした。

「‥‥アンタさぁ、一体おれのことどうしたいわけ?」

散々、好き勝手されて痛みに軋む体をベッドに投げ出し、気怠げにおれが言うと男は小さく笑みを浮かべてため息を吐いた。

「‥さぁて、一体どーしたいんでしょーか?」

その、穏やかな口調に反して、手首や体のあちこちにつけられた外傷は全てこの男が作り出したものだ。
痣だらけの体がひどく痛い。
おれは顔を歪める。
軽薄そうな笑みの端に、纏わりつくような暗い色が滲んでいるのが気持ち悪くて身体中を掻き毟りたくなる。

「は、キメェしゃべり方してんじゃねぇよクソッタレ」
「ぷっ、あっははは!あーもう、ほんっとマジかわいいよねー?体痛くって仕方ないだろうにさぁ、」
「はあ?黙れよ糞野郎、テメェの下半身でも沸騰させて去勢手術でもしてやろうか、」
「ふうん?なるほど、いいねぇ。いつもと逆の立場で遊ぶのも悪くないかも的な?」

けらけら、楽しげに言う口は、下降していくおれの気分に反比例するようにどこまでも軽率で軽快だ。
脅しに怯えることも怒ることもなく、男はそれをすんなりと受け入れて単なる戯れへと変えていく。
鎖で繋がれたおれに何が出来るのだ、と嘲笑っているのかもしれない。
おれは憎々しげに男を睨み付けた。
しかしそれでもおれを見つめ返す男の視線は甘ったるく、ブスブスと皮膚を硫酸で溶かされているような錯覚に陥っていく。

「‥‥あっれぇー?おしゃべりはもうおしまい?」

おれの身体を躊躇なく殴り付けて、引っ掻いて、爪を立てたそのてのひらで、男はおれの赤い髪を優しげにゆっくりと梳いた。

「‥死ね、」

短く吐いた息と共に、おれが囁くような声で言う。
すると男は軽いジョークでも聞いた時のように明るい笑みを浮かべた。

「そーだね。死ぬよ。まあ、いつかその内にさ」

そう、なんでもないことのように言った男は、おれの切れた口端を指先で撫で上げた。
温い体温、それを望まずして記憶してしまった体は、吐き気のするような感覚に肌をざわつかせる。

「っ、さわんじゃねぇよ、」

せめてもの抵抗を、と口をついて出た台詞だったというのに、それさえも男の笑みに容易く呑み込まれて眩暈がする。
痛い、怠い、気持ちが悪い。
不快で、抜け出せない檻の中で腐っていく錯覚におれは息が詰まりそうだった。
けれどそんなおれを眺める男は、満足そうに笑みを深くする。そうしておれを静かに抱き寄せると、触れるだけの口付けを落として「うそつきだね」とおれの耳にうっとりと囁いた。
憤ることすら放棄してしまいそうな中で、それでもおれは男を睨み付けるように目を細める。

「‥ああ、うん。いいね、その目。すごくいい。もっと、ぐちゃぐちゃにしてみたくなるよ」
「‥‥っは、気狂い変態糞野郎が、」
「‥ええ?いやぁ、変態って別に、そんなんじゃないんだけどねー‥‥なんつーか、ちょっと愛が過ぎただけって感じでさぁ?」

ずくずく、甘ったるくその場に響く声。
それが纏わりつくようにおれの鼓膜をひくりと震わせるから、悪怯れなくふざけたことを抜かす男に唾でも吐きかけてやりたいような気分になる。
しかしそんなことすら行動に移すのが億劫で、苛立ちは舌打ちを零す口内に苦い味を広げるばかりだった。
男の手はおれが堕ちて来るのを手招くようにゆらりひらりと楽しげに揺れている。
(きっと、この男は待っているのだ)
煩わしいくらいに鈍い甘さを孕ませて、今か今かと待っている。
玩具が上げる壊音を。
おれがぐうの音も出ないほどに打ちのめされて、従順に強請る瞬間を。
あの、怖気の走る熱でもって。
(あ、あ)
欝屈とした思考に浸かりながら、おれは沸き上がる嫌悪感を胃の辺りに感じて顔を歪ませた。
そして男の瞳に映った自分を睨み上げる。
(くそったれ、)
(誰が、お前に屈してなどやるものか)
じわじわ、上手く動かなくなっていく頭の中で吐き捨てる。
疲弊したためか強烈な眠気は急速に体から力を奪っていく。
瞼が重い。
視界に映り込む男の口元には、反吐の出るような薄気味の悪い笑みが浮かんでいた、























囚う男





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