「ねえ、ひばり」

不安そうにゆれたのは彼女の瞳でも声でも睫毛でもなく、それは憎らしいともつかないこの心臓の怯えにちがいなどなかった。目だけでその先の言葉を促せば戸惑うように目が伏せられて、白い肌に影が落ちる。性悪くも、そんな彼女の仕草はうつくしい。開かれそうなくちびるは躊躇いに気取られて、はくりはくりと空気を噛むように僅かに動いてはつぐまれる。いい加減、いっそのことそんな恥じらいも恐れも捨ててしまえばいいのにね、などと笑いたくなったけれど結局、自分だって。それ以上に愚かしい感情に苛まれては低俗なことを日々思い描く、そればかりを繰り返しているだけだった。(ありえそうにない、たとえば、幸せな未来だとかそうゆうそのようなものをいくつも想像するような、下らない妄想に身を委ねて)

「、はっきりしないね」

読んでいた本のページを捲りながら視線をあげて呟くと、彼女の眉間に一筋の皺ができた。

「‥あんたって、いつもそう」

その後に続けてまだ何か言いたげな顔をしている彼女にぼくは薄く笑うと、刺のある視線を無視してゆるりと本に目を落とした。しかしどこの辺りまで読んでいたのか分からなくなってしまった本の内容が、指を差して笑うように頭の中から抜け落ちてゆく。散漫な集中力を心中で嘲笑いながら何でもないことのように「きみもね、」なんて言ったらば、「ああほら、そうゆうところよ」と憎々しげに返される。模範解答的な問答は、これまでに確か五十数回はくりかえしている気がすると考えてため息が漏れた。だいたいがまず、平行線上に互いの思考が成り立っているようなものなのだ。なかなかに難しい。思うようにいかないのが常であるとしたって、お互いにただ逃げているだけでしかなく、しかしまあ、単にそれだけのことでしかないとも言えるのだが。

「花」
「‥なによ、」
「君、読書の邪魔をしに来たの?」
「‥‥‥違うわよ」
「そう」

なら、じゃあ君は一体何をしに来たの。と、ぼくが口にしない台詞を恐れるように、彼女の瞳が数回宙を泳いで不安な色を滲ませる。

「コーヒー、飲みたいな」

横目で眺めていたそれから再び視線を下へと落として呟くと、彼女は数秒の間をおいてため息を落とし無言のままにキッチンへと向かった。流れる自らの焦点の先は、彼女の動きにつられるように細い印象の背中をそれはそれは未練たらしく追い掛ける。けれど返す答えなど、そんなもの本当はとっくの前から曝け出しているも同然で、つまり、結局のところ要はまだ、腹が括れていないとゆうだけの、これは情けなくも意気地のない僕のお話なのだった、













きみの二酸化炭素で
息をする





title:深爪


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