「くーろーかーわー」
「‥‥‥‥げ、またお前かよ」

馴れ馴れしい声がして、おれは盛大に顔をしかめた。
せっかく紅茶を片手に優雅な読書タイムを楽しんでたっていうのになんてこった。
とは言っても、紅茶というのはコンビニ購入の安い紙パックのやつであるし、校則違反の飲食持ち込みなので見つかるとマズい状況だから優雅も糞もないのだが――それでも、さして動揺することなくおれがうんざりとした声を漏らすだけに留まったのは、相手が山本だったからだ。
こいつは、何故かやたらとおれに構いたがる。
それにおれが校則違反をかましてようがなんだろうが、誰かに吹聴することもなければ教師その他にチクることもない。
その真意は分からないが、おれは透明のストローを歯で軽く噛みながら、へらへらとおれに笑みを向けてくる山本に不機嫌さを滲ませて片眉を上げてやった。
つまり、暗に「何の用だ」と示してやったわけだ。
しかしそれに対する山本の反応は、いつもと変わらず嫌になるくらいにからりとしたものだった。

「数学、教えてくれねーか?」

おれがどことなく不愉快そうな気配を滲ませているのも無視して、山本はニカリと言い放つ。
その爽やかな印象といったら、テレビで柔軟剤の宣伝に出てる俳優だって真っ青なくらいだ。
だから、おれはそれを鼻で笑ってやることにした。

「はあ?なんでおれがそんな面倒なことしなきゃいけねーんだよサル」

言うと、山本は一度きょとんとした顔をして、しかしまたすぐにキラキラと輝くような笑顔を浮かべると口を開いた。

「うはは、実はおれ、次のテストで赤点とりそうなのな。てわけで、助けてくれよ黒川。なあ、いいだろ?」

イエスか、ノーか。
その二択のお伺い、というにはその笑顔はどうにも押しが強すぎるんじゃあないか?とおれは言いたくなった。
こいつのこの笑みが何を意味するのか、へりくだって、了承を得ようとする体を取りながらもこいつが相手の答えに拒否するものを少しも含ませる気など甚だないのだということを、おれは経験上知っているのだ。

「ってオイ、こら、こっち寄って来んな鬱陶しい。つーかお前真面目にやればそこそこ勉強出来んだろーが、嘘ついてんじゃねぇっつーの」
「いやいや、おれホントに頭わりぃから今回かなりやばいんだぜ?」
「とかさぁ、爽やかに笑いながら言われてもただただ胡散臭いだけだからな、お前」

半眼で嫌そうに言ったおれに、山本はゆったりと笑みを作る。

「そーゆうこと言うの、黒川だけだ」
「‥へえ、あっそ」
「だから、やっぱおれ、黒川に数学教えて欲しいな」
「‥‥‥あー‥‥‥、お前のだから用法はいろいろと間違っているようにおれは感じる。ので、数学の前にお前はまず国語を勉強するべきだとおれは提案してみることにしておくわ」
「え、は、なに、黒川おれに国語も教えてくれるとか‥マジですげぇ優しいのな」
「‥‥お前、頭ダイジョーブ?」

日本語が通じない山本に皮肉で言ってみても、オールグリーン、正常値だと整った顔で返されるから意味が無い。
スポーツ万能、勉強もやればそこそこ出来るし、見た目も良いこいつは天に三物を与えられたのだろうが、そのおかげで払ったらしい代償による迷惑をおれは見事に被っていた。

「お前には日本語能力、空気を読む力、日本人たる控えめな精神等々がまるっと欠けてるんだろうなあとかホント最近すげーよく思うわ、おれ」

疲れた声音で呟いたおれに、その意味を理解していないのか、理解した上でわざととぼけているのかよく分からない山本は、気の抜けた笑い声を零しておれの隣の席に座った。

「‥あ、てゆーか黒川、ピアス変えた?」

その台詞に、げっそりとしたおれは返事を返さない。
けれど内心で一人思う。
なあ、山本よ。どうしてお前は、こんなに見えにくい場所につけてるピアスの変化にそうめざとい。
どんだけ目がいいんだ。
ていうか、同じ型のピアスの色違い、しかも微妙に似た色のものに変えただけだっていうのになんで分かった。
おれは非常にいろいろびっくりだ、そしていろいろ気持ち悪い。

「‥‥もう、お前はアレだ、さっさと帰れ。そしておれの読書タイムを邪魔しないでクダサイ」

おれはそう言いながらも、半ば諦めたような心地で手元の分厚い本を眺めていた。
山本は、図太い。
そしてかなりしつこい奴だ。
だから、無駄な抵抗をしているのだと分かりつつおれは言ったのだけれど、やはり山本は女子が黄色い悲鳴でも上げそうな微笑みを浮かべると、物分かりよさげに一つ頷いてのたもうた。

「なら、それ読み終わるの待ってるから」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥へぇ‥ああ、そう‥」

眩しい笑みに、おれは乾いた半笑いを返すしかなくなる。
ああ、なんだか頭が痛くなってきた。
結局最終的に山本のオネガイを聞くことになってしまいそうなおれは、この煌々しい笑顔によって日々が脅かされつつあることに軽い眩暈を感じて、深々、ひどく重い溜め息を長く長く吐き出した。









やるだけ無駄なこと





title:深爪



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