街中から見る空は明るい。
眠り方を忘れたみたいに未だ白んで、お月さまの傾きにも気付かずにちぃちぃと虫の音、それから車の排気音。
私はと言えば、疲れた足を引きずって職場からの帰宅途中で、買ったばかりのロングブーツの踵を鳴らしながら家路を急いでいた。

「‥ん?あれ、沢田?」

思わずといった調子で見覚えのある後ろ姿に声を掛けると、ゆらゆらと頼りなく歩を進めていたそいつは足を止めて、虚をつかれたように不思議そうな顔であたしに顔を向けた。

「、え、黒川?」
「あ、やっぱそうだった」

予想が外れて気まずい思いをせずに済んだとほっとしながら、あたしは沢田の隣まで足を進めた。
沢田は、少しだけ困ったように柔和な笑みを浮かべて静かに口を開いた。

「黒川、こんな時間に何してるの?」
「それはこっちの台詞よ。あたしは仕事帰りなわけだけど、で、あんたはこんな時間に何してんの?」
「ああ、散歩」
「こんな時間に?」
「そう、こんな時間に」
「へえ、変わってるわね」
「あはは、まあ、そうかもね。なんだか、眠れなくってさあ、」
「で、深夜徘徊してると」
「ええ?深夜徘徊って黒川‥いや、まあそうなんだけどさあ‥えー‥あー‥、はい、まあ、そのとーりですね」
「ふうん、通報してやろうかしら」
「ストップストップ!てか、その前にオレ未成年じゃないんですけど!」
「知ってるわよんなこと。けど、あんた童顔だし案外いけるかもよ」
「‥‥あの、嬉しくないです黒川さん」
「ぶっ、あはは!そんなに嫌そうな顔しないでよ、冗談に決まってるでしょ」
「‥黒川が言うと冗談に聞こえないんだけど」
「そう?ありがと。誉め言葉として受け取っておくわ」

にやり、横目で沢田に笑って見せると、なぜだか苦笑を返される。

「なによ」
「はは、いや、変わってないなあと思って」
「ああ、ガキ臭いって?」

あたしが皮肉っぽく言うと、沢田は首を横に振った。

「いや、違うよ。なんだか安心するなと思ってさ、」

そう困ったように笑った沢田は、どこか懐かしいような、けれど真新しく見る奇妙な表情を浮かべていた。

「‥ねえ、沢田」
「うん。なに?」
「‥なんか、変わった?」
「‥‥え、?あは、は。黒川の目には、そう見える?」

聞いたのはあたしだったはずなのに、独り言のような沢田のその呟きは疑問調子で返される。
けれどそれが肯定とも取れるように思えたのは、沢田の横顔がほんの少しばかり沈んだように見えたからなのだろうか。
学生時代に一度だって見たことのない横顔だ。
背も、輪郭も、骨格も。
改めてまじまじと彼を見つめると、幼げであると言ってもやはりそのすべては男性で。
あたしが猿だガキだと馬鹿にしていた子供なんて生き物には似ても似つかない。
彼は、どうにも成長し過ぎていた。
あたしは気付かされる。
沢田綱吉は、知らぬ間に子供という生き物から大人という生き物に成り代わっていたのだと。
(ああ、でも、だけど)

「‥うーん、いや、やっぱりあんま変わってないかもね」
「、へ?」

呆ける沢田にあたしは意地悪く笑いながら言って、指差した。

「ほら、だって、ココ」
「‥‥?」
「寝癖」
「‥え、」
「この時間に寝癖ついてるってことは、つまり昔と同じく、今でも朝から寝癖頭のままなんだってことよね?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、う、ううう‥‥ああ、もう、まったく、本当に‥‥‥‥‥‥‥まいった、な。おれ、寝癖がついてたなんてまるで全然気付いてなかった‥‥‥」
「ええ、そうでしょうね」
「いい年して、恥ずかしい‥」
「あはは、うん、そうね、確かにね。でも、まあ、別にいいんじゃない?なんか、あんたらしくってさ」

にやり、にたり。
あたしがまたそんなふうに笑うと、沢田は虚を突かれたように何度か瞬いた。
そうして少ししてから、童顔の、けれど随分と大人びてしまったその相好をくしゃりと崩す。

「‥‥うん、そっか、」

そう短く呟いた後に続けて、更に沢田は「ありがとう黒川、」とどこか嬉しげに言葉を重ねた。
その意味を一片の欠片も知らないあたしは、首を傾げて沢田に適当な返事を返す。

「なんか、よく分かんないけど‥‥あー‥、ユアウェルカム?」
「、ははっ。‥ああ、うん、そうだなあ。黒川は、その分かんないままで居てよ。ずっと、」

眩しそうに目を細めた沢田の、その眼尻に出来た皺を見て、あたしはなんだか不思議な気分に浸される。
(さわだ、つなよし、)
それはあたしの同級生、へたれで頭も悪くてドジで間抜けで猿の一匹。だった、はずの、男。
それからプラス、妙に懐かしい気のする寝癖頭。

「‥仕方ないわね。じゃあ、そうしといてあげるわよ」

欠伸混じりに言ったあたしを見て、沢田は微かな声で笑った。
その表情は何故だか不思議と、ひどく満足そうだった。










徘徊真っ只中





title:深爪




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