「パンテーラってさぁ、前から思ってたけどあったま悪いよね?ねっ?」

そう、頭に響く声が、言葉が、あくまでもほんの少しばかりではあるけれど、前髪の下で私の顔をくしゃりと歪ませる。
うるさい。
そんなの言われるまでもなく分かってる。
きゅっと結んだ口元だけでは表情なんて読めないはずなのに、やぼったい黒髪の隙間から覗くロンシャンの顔は腹立たしくもにやにやと楽しげに歪んでいた。

「てゆうかだいたいさぁ、いい加減気付いてもよくなくない?ね、ホンットもうバカだよね?ギャハハ!見てて超かわいそーなんだもん、おかしくてたまんないんですけど!」

けらけら、笑いながらロンシャンは私に近づいて来る。
手持ちの風車は全て投げきってしまったから、忌々しい顔に穴を開けることも出来ない。

「、うるさい。きらい。今すぐきえて」
「うわぁ、ちょっとちょっと!そーゆーこと言っちゃうわけ!?ヒドイヒドイ!てかオレってばそんなにパンテーラ傷つけちゃった的な!?ギャハっ!やばい!超うける!けど、ごめんね?やめるつもりなんてないからねっ!ねっ?」

ふざけた調子で不細工な顔を崩して笑っていたロンシャンは、触れられるくらいの距離まで近づいて近づいて近づくと、いつものうざい言葉遣いはそのままに、ゆっくり笑みを深くした。
だから、私はその笑みを忌々しげに睨み付けてやる。

「だまれ。しね、」

すると、頭の中には何も入っていないんじゃないかと疑ってしまうようないつもの馬鹿笑いを引っ込めて、ロンシャンは何かを企むような笑みをじわりと浮かべて吹き出した。

「っ、ぷ!ギャハハ、やべぇ!てか口悪いってパンテーラ!」
「‥だから何。きえてよ。はやく。目の前から」
「んはは、え、何それ、誰の目の前から?」
「、私の目の前から、よ」
「えっ?えっ?何、そゆこと言っちゃうの?オレ超傷つく!傷ついちゃうんですけど!?」
「、うそつき。傷ついてなんか、ないくせに!」

手持ちぶさたな手の平がスカートに消えないくらいの皺を作る。
そうだ、こいつは出会った頃からうそつきだった。
ずっとずっと、今日までずっと、多分、そしてきっとこれからも。

「‥アレェ?何、パンテーラってば悟っちゃってる系?てか、うそつきとかロンシャンくんは最高に傷ついちゃうんですけど‥‥ねェ?」

なんて、トーンを落として言うくせに、覗き込むようにしながら柔々と微笑むロンシャンはこの上ないくらいに優しく嬉しそうな目をしている。

「うるさい、それもうそでしょう。私にはわかるんだから」

言いながら、私は、ロンシャンがこんな風に私を優しく見つめるのはそういえば、いつだって私がこんなふうにどうしようもない気分になっている時ではなかったかと考えた。
例えば、それは彼が私に新しい彼女を紹介する時、その彼女とのデートの話だとかのろけ話をまくしたてる時。
ロンシャンは、うっとりするような目で彼女と私を見比べて、どうしてなのか決まってにっこり笑って見せる。
それに、私が珍しくトマゾ以外の人間に干渉された時や、私がなんとなく手の甲にボールペンを突き立てようとした瞬間だとか、そういう、私がよくわからない何かにじりじりと追い詰められているような心地の時、ふっと現れるロンシャンはいつも、何故だかしつこく絡んでは私の機嫌を損ね、じりじりと距離を詰めて笑うのだ。
ふわり、そしてこんなふうに額をくっつけて、熱でも計る時みたいに瞳がぶれるくらいの近さでロンシャンはゆるゆると目を細めて。

「‥だから、バカだって言ってんの。わかってないのはパンテーラだよホント。オレ、自信なくしちゃいそーよ、マジで」

微かな嘲りを含んでいるのにその声はどこまでも優しい。
ロンシャンは、私の顔を両手で包むとぼんやりした様子で甘く微笑んだ。
そうして、揺らぐのは私の心と瞳だけ。

「‥っ、しらない。わけわかんない。きらい、ロンシャン、きえて。しんで。あんたなんかきらい、きらい、だいっきらい、」

気付かれないように目を閉じたけど、頬に少しだけ息がかかってロンシャンの笑う気配が嫌でもわかってしまう。
なんだかそれは、そんなのとっくの昔から知っているよとでも言いたげで、
そして、私の手の平はまだ、ぎゅっと、スカートに皺を作ることに熱心なまま。
ああ、何もかも固く閉じて、開いてしまってはいけないのと言い聞かせる。

「‥でさ、パンテーラ。オレってばハートブレイク中だったけどついさっき彼女できたのよね、もう、超可愛くってたまんなくってさぁ、」
「‥‥」
「‥、アレ?てかなんか‥パンテーラ?、ねぇ、どしたのどしたの?ね、ちょっと、泣きそうな顔してる気がすんのはオレの気のせーだよね?」

さざめく笑い声に合わせた耳鳴りが止まらない。
(ロンシャン)
(ロン、シャン、)

「、ばかじゃ、ないの?そんなの気のせいに決まってるでしょ、」

くるしい、死にそう、
だけど泣いてなんかやらないんだ。
目の前がじんわりと滲みはじめていようがなんだろうが言い聞かせる。
なのに私の顔を覗き込んだロンシャンはとてもうれしそうに笑った。

「‥あ、うそつき見ぃつけた」

私はむっとにらみ返す。
だって、どうしてこんな時ばかりやさしい声で、目で、てのひらで、私を甘やかそうと微笑むの?
聞いたところで答えはきっとべろべろばぁ、はぐらかされてゴミ箱行き。

(きらい、)
(うそ、すき)

ひびく、心中呪文。
もしも念じるだけで人が殺せたなら、私の胸の痛みなんかきっと今すぐにでも消し去れるに違いないのに、そんなふうに世界は作られてないからよく出来てる。























死 ん で よ マ イ ス ウ ィ ート




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