お金なんかなくたって、愛があればいいのだと世の頭の悪い女共は言うけれど。
実質、愛があっても金がなくてはこんな世知辛い世の中、なかなかに生きていけるものではない。
欲を満たすどころかまるで生活など出来ないし、愛で腹が膨れるわけでもなし。
それに欲しいものはこの世界に再現なく溢れていて、それらを手に入れるためには必ず手放すものが必要となるのだ。

「‥ああ、起きたのかぁ?気分はどうだぁ糞女ァ」

重い瞼を押し上げながら、はっきりしない視界と頭に苛立つあたしはその声に顔をしかめた。

「‥‥なんで、あんたが居んのよ」
「は、そりゃあこっちの台詞だなぁ?」

打ち付けのコンクリートの天井しか目に入らない部屋に、男の皮肉っぽいくつくつと笑う声が響く。
寝転がるあたしの頭元に腰を下ろして、男は長い髪をまとめながらゆったりとあたしを覗き込んでいた。

「‥ああ、もう。てゆうか寝起きにその面見るなんて最高に最悪だわ、」
「そうかぁ」
「‥‥で、ここ、何処なのよ」

見下げられていることにふつふつと腹立たしくなってきて、あたしはむくりと起き上がる。
自分でも、この態度でそのとぼけた発言はどうだと思いはしたがそれどころではない。
おまえ、知らずに運ばれて来たのかぁ、などと小馬鹿にしたように言われても、正にその通りなのだから否定しようもなく、だったら何よとあたしは男を睨み付ける。
しかしそれを鼻で笑って、男は面倒臭げに立ち上がると服の埃を軽く払った。
よく見れば、男の衣服や髪の先には、黒く変色しつつある赤いものがあちこちに付着している。
そうして、あたしはふと気付いた。
部屋の中に倒れている見知らぬ男や、開け放たれたままのドアを背にしてもたれながら無言を貫く男の存在に。

「‥‥ねえ、コレあんたがやったわけ?」
「あァ、他に誰がやったってんだぁ?」

なんでもないことのようにそう言った男は、ふいにあたしの手を掴むと、強引にあたしを引きずり起こして目を細める。

「‥糞女ァ、おまえ、小金稼ぎもほどほどにしねぇとその内ホントに後悔することになるぞぉ、」

間延びした、ふざけたような話し方をするくせに、ひやり。
その声にあたしの体は無意識に強ばった。
けれど二度目になるその忠告を聞き入れるには、あたしはどうにも強欲すぎたらしい。
どれほど危ない目に遭おうとも、情報というのは金になる。
そうして、手に入れる過程がリスキーであればあるほど、その金額は高く釣り上がっていくのだ。

「‥は、何。じゃあ、あんたがあたしを養ってくれるわけ?欲しいもの全て買い与えて何不自由ない生活を送らせてくれんの?つまんない説教なんか聞きたくないわ」

力の入り切らない手足で男を突き放すと、あたしは体を頼りなくふらつかせた。
男は呆れたように短くため息を吐くと、そんなあたしの手を再びとって、それを自分の腕に掴まらせる。

「‥まあ、そんならもう少し、可愛くするってんなら考えてやってもいいんだけどなぁ?」
「‥‥‥、は?」

そう、呟くようにして落とされた男の言葉。
それに意表を突かれて高い位置にある顔を見上げると、男に苦く笑われる。

「な、によ、それ」
「‥あぁ?」
「‥‥意味、分かんない」
「‥分かるだろうがぁ」
「、あんた、一体どういうつもり?」
「‥は、なんだぁ?おまえ、それをおれに言わせてぇのかぁ?」

言うと、男はその整った顔をゆっくりと近付けて、口元にうっすらと笑みを浮かべた。
あたしは不穏な気配を察知して口籠もる。

「‥‥で、今度はだんまりかぁ?糞女ァ、」

言葉は汚くてからかうようなのに、それがどこか甘く思えるのは何故なのか。
さらり、あたしの頬にかかる髪を避けた男の指先が、あたしの肌に触れていく。
すると唐突に痛みが走って、あたしは自分の頬に擦り傷が出来ていたのだとそれで知ることとなったのだけれど、そんな、そんな些細なことよりも。
あたしの頭の中を占めていたのは目の前の男のことばかりで、迂闊な台詞を口走ってしまわないよう、あたしは妙な感覚に陥りながらぎゅっと口をつぐんでいた。
白い男の目は、細くなる。

「‥まあ、なんだ。とりあえず、面倒臭いことにならねぇ内にさっさと行くとするかァ、」

そう言った男はもう一度だけあたしの頬に触れると、ぱっとすぐに手を離した。
けれど感触と、痛みが残るその場所には熱が灯る。

「‥‥ねえ、力、入んないんだけど」

非難めいた声音で訴えると、男は歩きだそうとした足を止めて口の端を微かに上げた。

「‥まったく、どこまでも手のかかるお嬢さんだこったなァ?」

そんなことを言うくせに、あたしを丁寧に抱き上げる手は穏やかで、見つめる瞳は不自然なくらいに優しかった。









そんな目をするな





title:深爪



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -