「ねえ、ディーノ」
「ん?なんだ?」

名前をよばれて、ディーノは資料におとしていた視線をあげた。
そうして先をうながすように微笑む。
頬杖をついて、にらんでいると言った方がしっくりくるような表情を向けたビアンキはそれをじっと見つめた。
ディーノは首をかしげる。

「おれの顔に何かついてるか?」

聞いても、ビアンキは何も答えない。

「‥さ、さっき食べたパンのくず、とか?」

ディーノは自分の口元を手で触りながら言ったが、やはり返事はない。

「‥‥あー‥、‥キスして欲しい‥とか?」

上目遣いにぼそりと呟いたディーノに、ビアンキは盛大なため息を落とした。

「‥相変わらず、おめでたい頭をしてるのね」
「って、言われてもなあ‥だってわかんねーんだから、仕方ないだろ?」
「別にわかってほしいわけじゃないわ」
「でも、気になる」
「じゃあ気にしないでちょうだい。大したことじゃないから」
「‥なあ、もしかして、そう言われたら余計に気になるって分かってて言ってるんじゃねーか?」
「いいえ、全く」

きっぱりとビアンキが言い張ると、ディーノは不服そうな顔で唇を尖らせた。
そうして掛けていた眼鏡を外すと、目元を指先で軽く揉んで眉間に皺を小さく寄せる。

「‥ディーノ、」
「‥‥」

声を掛けても返事がない。のは、怒っているというよりも表情からして、気になって仕方がないせいだろう。
ビアンキは短息して、ディーノの頬に手を伸ばした。

「パンくずを見てたわけじゃないけど、」
「‥‥」
「パンくずも、確かに付いてるわよ」
「‥あ、」

柔らかな、とは言えない男の頬に触れながら、ゆっくりと身を乗り出したビアンキは静かに顔を近付けて、目を閉じた。
そうして親愛の情として交わすような軽い口付けの後、口元のパンくずを取ってやりながらビアンキはディーノの手から眼鏡を取り上げて、苦笑した。

「ディーノ、あたしは今までだって、今だって、キスして欲しいと思ったことは一度だってないわ」

薄く頬を染めてディーノは、ぽかんとした顔でビアンキを見上げる。
ああ、参った。そうなのだ。
彼女からのキスはいつだって唐突で、オレはこんなにも簡単に支配されてしまう。思考を、意識を。そして心奪われる。
またいつもの仏頂面に戻ってしまった彼女は、やはりそれでも美しかった。
ディーノは初な少女のように赤い顔を俯かせてしまいそうになる。
だからそれをどうにか誤魔化そうと、呟くようなか細い声でディーノは弱々しく愛の言葉を捧げたが、彼女は少しばかり片眉を上げただけでまともに取り合ってはくれなかった。






不躾に撫でて





title:深爪




「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -