目が覚めると、昼過ぎだった。
早起きをしてベッドのシーツを洗って、布団を干して、それから朝食を食べて部屋の掃除機をかけて、それからそれから、なんて、寝る前に頭の中で考えていた今日1日の流れは見事に出先から大きくイメージと違う方向へ。
おまけに寝すぎたせいか頭まで痛い。
顔をしかめてベッドから起きだすと、あたしはベッドの端に軽く腰掛けて痛む頭を押さえてぼんやりした。
特に誰とも朝から約束をしていなかったのはよかったかな、と思ったけれど、なんだか出鼻を挫かれた気分でやる気が起きない。
体もだるい気がして、もう今日はだらだらして過ごしてしまおうかと一瞬考えたが、いやしかし久々の休みをそんなふうに潰してしまうのはもったいない、どうしようかと思い直す。
そうしてふと頭に浮かんだ顔はひとつふたつ、みっつよっつ。
でも今から電話をしたところで皆予定なんかもうとっくに埋まっているはずだ。
ああ、それに、とあたしは笑う。
最後に浮かんだ顔の男など、予定が空いていたところでこちらに合わせてくれるわけがない。
あんな俺様で何様な自己中男。


「‥さて、と。とりあえず、ご飯でも作ろうかな」


大きく伸びをして、頭に響く鈍痛。
眠気はなくてすっきりしているのに、それだけがひどく残念だ。
冷蔵庫に何が残っていたっけ、とすでに昼食のメニューを考え始めている脳内はキッチンへと意識が向かう。
ああ、でもその前に一応と、充電器に差した携帯がちかりちかりと着信を知らせる色を光らせているのが目に入り手を伸ばす。


「‥‥‥‥‥‥って、え、‥‥‥‥うわ、え、何これ」


携帯を開いて着信を確認したあたしは驚くやら意味が分からなくて変な顔になるやら空気を読まずにお腹が鳴るやら。
だって、なんで一体こんなことになっているのだこの履歴。
着信メールが数件、それはまあ自分の友人たちからであるのはいつも通りであるし不思議なことなどまるでない。
けれど、この不在着信の数はなんだ。
しかも友人たちの誰からでもない。
登録はしていたけれど、まず連絡など取り合ったこともない相手だ。
しかもこれが先程最後に顔が浮かんだ男であるだなんて。
今日の朝方から、あたしが先程起きる少し前の時間まで十数件。


「‥‥‥‥‥‥夢?」


呟き、ベタだが自分の頬をつねってみる。
だが確かに痛い。夢ではない。
履歴に残る名前は消えるわけでもなく目の前にただただずらりと上から下へ連なっている。
しかも自分ときたらその名前をそのまま、何様俺様自己中野郎なんてものにしていたから、なんだかあれだ。非常にあれだ。
微妙な苦笑いで、あたしは携帯をゆっくりと閉じる。
不気味なことこの上ない携帯の履歴だが、いつまでも見つめてたところで何かが変わるわけもないし、と深く考えないようにして、あたしはひとまず顔を洗うことに決めた。
携帯はポケットへ。
洗面台に移動して、ネットに洗顔料を泡立てて顔を洗う。
そうしてよく泡を流したら、次は歯磨きだとまず口を濯いで歯ブラシに歯みがき粉を乗せ、その歯ブラシをくわえてキッチンの冷蔵庫へ場所を変える。
シャカシャコシャカシャコ、口の中を磨きながら冷蔵庫の中身とにらめっこだ。
(豆腐、味噌、葱があるから味噌汁と、あとは何か一品‥ご飯は冷凍してるの使うとして、豆腐ハンバーグ?あ、しまった枝豆買って来とけばよかった、豆腐だけだと寂しいな‥ほうれん草と人参とみりん醤油‥あ、煎り胡麻まだ残ってたっけ、えーと、)
歯ブラシを持つ手を動かしながらキッチンを物色して、メニューを考えながら未だ頭の隅に引っ掛かっている先程のあれに少し思考が傾きかける。
が、いやいやいやいや、今はとりあえず昼食だ。
煎り胡麻の残量を確認して、よしと頷いたあたしは洗面台に再び戻ろうとする。
しかしそのタイミングでポケットの携帯が震え、ああそういえばマナーモードにしたままだったかと考えながらそれを取り出したあたしは、またしても携帯を片手に固まってしまうことになった。

着信名、何様俺様自己中野郎。

手の中で振動を繰り返す携帯の画面に釘付けになる。
また、かかってきた。

(え、いや、てゆうかホントなんで?)

何か怒らせるようなことをした覚えはないし、むしろ最近は、相変わらずあちらは不遜な態度だとはいえ、以前と比べてお互いに随分とまともな会話が成立するくらいにはなってきているほどだというのに、何故?
依然としつこく震え続ける携帯の通話ボタンに恐る恐る指を伸ばし、携帯を耳にあてる。


「‥ふぁい、もふぃもひ」

『‥チッ。朝から今の今まで出なかった上、出たら出たでそのふざけた喋り方か、カス』


ここ最近聞いた中で、一番機嫌の悪そうな声が低く響く。


「‥はっきほひたんれふよ、ひまはみはひしへへ、」

『あ?何言ってやがる』

「らはふぁ、ひまはみはひしへるふぁら、」

『ふざけてんのかテメェ』


すう、と温度が下がるような低音に、これじゃあ埒があかないと携帯を一旦その場に置いて洗面台へ向かい、口を濯いでからすぐ携帯の前まで戻り、ため息を吐いて携帯を耳にあてる。


『おい、また無視か』

「‥歯磨きしてたのよ」

『ああ?磨きながら電話に出るなカスが』

「てゆうか起きたのもさっきだし」

『寝過ぎだ』

「自分でも思った」

『‥‥。で、お前、飯はまだ食ってねぇだろうな』

「え?ああ、そうね。今からご飯作ろうかなって段階だけど」

『なら今から迎えに行く。飯なんざ作らないで待ってろ』

「は?」

『出掛ける準備をしておけ』

「ちょ、」


思わず声を上げたあたしだったけれど、それは電話の向こうへ届く前に強引に切断された通話のおかげで、あたし一人が呆然としながら聞くはめになった。
迎えに行く?
出掛ける準備をしておけ?
何のために?
わけが分からず携帯を持ったままポカンとしていたあたしは、とりあえずよく分からないままに一歩前に足を踏み出すと、混乱しながらもわたわたのろのろと出掛ける準備を始めることにした。
言うことを聞いていないと後が面倒だから、というのもあるけれど、少しばかり、ああ、本当の本当に少しばかりなのだけど、そういうことにしておきたいのだけれど、嬉しく感じてしまっている自分が居るせいか、なんだか胸がどきどきしていたりする。
奴の意図は不明だが、急いで準備するにこしたことはない。
お腹がうるさく鳴るのには気付かないふりをしておく。
化粧、髪型、洋服、鞄に靴。
さてはて、
一体あたしはどうしようかしら。
奴の気紛れにしても、こんなチャンス滅多にない。
(見てなさいよ、今日こそあっと言わせてやるんだから)
考えながらあたしは、戦闘に備えての装備を頭にイメージしつつ、どうしても口元が緩んでしまうのを止めることは出来なかった。

(ああ、恋って厄介、)


























戦闘開始に備えます




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