ああ、この男はもう本当に、やはり頭がおかしくてばかであほでどうかしているにちがいない。
あたしはたった今確信した。
くるくるした無邪気なその黒い瞳にはあたしがひとりだけぽつんと映っていて、そしてあたしはそれがとてもはっきりと見て取れてしまうほどの不本意な近距離で男の目を見つめている。
だからさっきまで重ねられていた唇から、かすれたように漏れ出した言葉もそのせいで聞き逃すことなど出来なかったし、山本の目がやけに冷静な色をしたままであることも見逃すことは出来なかった。


「‥あんた、自分が今なにやってなにゆったか分かってんの?」
「あー、うん。分かってるけど。これってやっぱ、だめだった?」

小首を軽く傾げて聞かれても、この男がしたところで可愛くもなんともない。
あたしは頬をひくつかせて半眼になる。


「いやあのさ、こうゆうのはだめとかだめじゃないの問題じゃないでしょうがよ、ねえ、このサルが」


下から顎を目がけてアッパーでも食らわしてやりたい衝動を抑えつつ、あたしは能天気にへらへら笑って「わりぃわりぃ」と大して思ってもいないだろう台詞をほざく山本を睨む。
普段通りに、けれど、なんだかどことなく普段通りを装って笑っているような気がする山本に、ふいに少し気まずい気分を味わわさせられるが構わず睨む。
へらへら。へらへら。
それは作り笑いとも違うし嘘っぽいものでもないように、けれどどこかあたしに違和感を残して煙に撒いて。
おれは、別に悪いことなんてなにひとつしていやしないよとでも言いたげな気配、ついさっきまではあたしの大嫌いなガキのように頭の悪そうな風情で笑っていた男の印象なんて、はっと気付いた時にはもう、ひどく大人びたものにすり替えられてしまっているような。
(、あ)
(これってまさか、もしかしてそうゆう作戦ってこと?)
ぼんやり、ぐるぐる、思考しつつ頭の中を巡るのは、眼前の男の行為と言動と心理についてとプラスアルファで自身の感情。
しかしある意味でこの男のことよりも、嫌悪を予想外に抱かなかった内心への不可解の方が体積を増していくのは何故なのか。
まあ、そんなものは考えるまでもなく単純明快すぎるような答えしか出てこない上、それが正解なのであろうからたちが悪いし気分が悪い。ので、もう考えるのはやめにしよう。

「てゆうかさ、順序が違うとかあんたは思ったりしないわけ?」
「ん?順序ってなにが?違うって?」
「‥‥あー‥‥、うん、ばかが相手だと腹抱えて笑いたくなるくらいに嫌になるものね」
「え、なんだよそれ。黒川ひでぇな。まあ、おればかだから仕方ないのかもしんねーけどさぁ、」
「ああ、そうね、ばかだから仕方ない‥ええ、確かにそうよ、その通り。もう心底納得するしかないくらい、上等すぎる理由だわ」
「いや‥そこまで言わなくてもいーんじゃねぇ?」
「あら、控えめにしてあげてるのに失礼なサルね」

苦笑いする男に顔をしかめてそう言うと、男はますます苦い笑みを深めて小さく歯を見せる。それはまるでどこか困っているみたいな表情だとあたしは思って、だからなんだか、なんでなのか、ああ、もう、面倒臭いなと。まあ、別に悪くはないかなと、思ったりしたのでぱかりと口を開いてみた。

「あんたって、サルだしガキだしあほでばかだけどさ、」
「‥‥‥うん」
「別に嫌いなんかじゃないから不思議よね」
「‥‥‥うん、‥え?」
「じゃ、もう帰りましょ」
「や、ちょっと待って黒川、今なんてゆったかおれ意味が‥」
「別に分からないならそれでいい」
「え、ええっ?いやだって今のはあれだろ?黒川もおれのことがすきってゆう‥」
「は?なに?嫌いじゃないとは言ったけど、すきだなんて一言も口になんかしてないわ」
「うわーうあー、ちょっ、まじで?え、えええ?どうしよう、どうしようおれすげぇうれしいんだけど、あ、なあ黒川、もっかいキスしてもいい?ねえ、だめ?」
「‥‥あんた、人の話聞いてるの?」

やはりこの男は頭がおかしくてばかであほでどうかしていて一般的なルールや観念が備わっていないにちがいない。確信した。だって疑いようもない事実で真実で現実だ。だから、なんだかおかしくって笑えてくるのは気のせいじゃない。
























頭おかしいね




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