ぷかぷかと視界のすみっこを流れてゆくものが一体なんなのかだなんて、考えるまでもなく。
それは彼の存在を知らせるかのような役割を果たして、ハルをふらふら引きつける。
そのくすんだ煙がくゆるのがほんとうのほんとうに、彼のものでなく間違っていやしないだろうかと不安になったとしても、すんと軽く匂いを嗅げばすぐわかるから心配もない。(なんて言ったら少し、変態ちっくな気もするけれど。)
連絡もなしに今日もまたふらりと姿を見せたらしい彼は、いまだハルの接近に気付いてはいないようだった。
錆びれた裏門に背をもたれさせたまま、ぼんやり空を仰いでいるように見える。
ハルは慌ててポケットから鏡を取り出して髪を整え、にっこり鏡に微笑んだ。
(よし、だいじょうぶ。)
(変じゃない変じゃない。)


「、獄寺さん?」


深呼吸をひとつして呼びかけると、気怠そうに彼はこちらをむいて、おおとかああとか、短い返事を小さくよこした。
校門は目立つから、待っているなら人気のない裏門にしてくださいと頼んだ日から、こんなふうに彼はちょくちょく知らせもなしにハルの帰りを待ち伏せするようになっている。
何がしたいのかいまいちわからないと訝しがるハルだったが、しかし遠目でも彼だとわかる煙草の煙と匂いにはっとする度、ひそかに心踊っているとゆうことは否定できないことだった。
正門から帰る方が早いのに、放課後になるとなぜだか足はいつも裏門にすたすたとプログラムされているようにむかい始めるのだ。


「なんか今日、早くねぇか?」

「今日は部活がおやすみなんですよ」

「ああ、それでか。なるほどな。たしかに頭もぐちゃぐちゃになってねぇし」

「なっ‥!ハルいつもそんなにひどい頭してた覚えはないですよ!!」

「うっせーな、昨日はここが跳ねてただろーが」

「そんな細かいとこまで見ないでくださいよ!寝癖がなおらなかったんです!!」

「別に聞いてねーし」

「っ‥!本当にいちいち腹のたつ人ですね!!」

「まあ、おまえには負けるけどな」

「はひ!?どういう意味ですかっ!」

「どういうって、そのままの意味だろ」

「わかりませんよ!!」

「‥アホだし鈍いし日本語通じねぇしバカだしアホだしアホだしアホだし、アホだし」

「‥ちょっと、アホアホ言わないでください!ハルはアホじゃありません!!」

「んじゃー何なんだよ、鈍感女か」

「だから、鈍感とか意味がわからないんですって!ハルには女の直感とか反射神経なんかはそれなりに備わってるんですよ!?」

「‥‥まあ、そういうことにしといたとしても、やっぱ、鈍いのには変わりねぇ」


いい加減気付けよ、本当。
呟いて、ばちりとハルにでこぴんをして彼が鼻だけでため息を吐く理由を、困惑しながらもハルは最近なんとなく、感じはじめている。
口論の開始を合図にして帰路につくのはもうお決まりで、彼がこちらを見ないまま上着に手を突っ込み、煙草をくわえながら口を開くのを横目で見るのは、数えても両手で足りない回数であるのは確実だった。
不機嫌そうな横顔は、ふとした時に視線をむけてくる。なのにそのくせ、交わりそうになれば躱される。
心なしか赤く見えるのだって、たぶん気のせいなんかじゃない、はずなのだ。
だって、歩幅を合わせて歩いてくれていることや、文句を言いながらもケーキ屋さんに連れて行ってくれたり、たまにとても、とても苦しくってこわくて逃げ出したくなるような、だけど泣きたくてぎゅっと抱き締めてほしくなるような優しい目で見ているってことくらい、気付いている。
まとわりつく煙草の匂いはいつしか胸の高鳴りを促すものに変わっていて、放課後が近づくにつれて落ち着きがなくなったり、ぼんやりと彼を思ってしまうような気持ちをなんと呼ぶか。
なんてそんなこと、もうとっくの前に知っているとゆうのに。


「‥獄寺さん。ハルは鈍くなんか、ないんですよ」


くちびるを尖らせて、むっとしながら呟く。
意図的にか無意識にか、ゆっくりゆっくり合わさる歩調。
けれど彼はハルの言葉をするりと聞き流して、腹が減っただのなんだのとぶつくさ言うだけ。
だから胸を満たす香りがひたひたと、肺を侵してゆくような感覚になるのがハルはほんのすこし腹立たしくなる。
まったく、いい加減気付いてくださいよ、本当に。
彼が自分にしたようにでこぴんをくらわせてやりたい衝動を抑えながらハルは、いったい何が鈍感女だ、と大きくため息を吐いてやった。
























鈍感なのは貴方です




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