(上司部下パロ)









とさり、肩を押されて呆気なく後ろへと倒れこんでしまったあたしはベッドの上。
乱れ一つないシーツはてのひらに乾いた感触を伝えて、ぎゅっと掴んで皺を作ることもかなわない。

「ちょっと、いきなり何のつもりよ」

内心の動揺を隠し、あたしは怯えなどまるで知らない顔で男の瞳を見つめてやる。
何か、自分は気に障るようなことをしたのだろうか?
視線を逸さぬ間の数秒、考えを巡らせてみるもまるで思い当たることはない。
しかし男は無言のままゆっくりと近づいて来る。
鈍く光る瞳から目が逸らせない。

(いや違う、)

逸らしてはいけない気がするのだ、何か、ピンと張った糸を切ってしまう気がして。

「‥ザンザス、」

答えが返るのを期待して呼んだわけではないのに、続く沈黙には疑問と不安が膨らんでいく。
追い詰められる獲物の気分でまだスペースのあった後ろへとあたしは後退したけれど、ぎしり、その場には淀みなくベッドに膝をかけて来る彼が鳴らした音がいやに大きく響くだけだった。

(ああ、ついに、失態を犯した記憶などないが自分もこの男からそれを受ける時が来てしまったのか、)

と、そんなことを考えるあたしの脳裏には、同僚達が彼から受けたパワーハラスメント(という言葉だけで片付けるには問題のありすぎる理不尽な粛正)の数々が走馬灯のように浮かんでは消えていた。
この、気分屋で我儘な男に振り回され、日々傷だらけの同僚達を嫌というほど見知っているあたしが絶望的になるのは仕方のないことである。
ああ、胃がきゅっと痛くなるような感覚が尚更ひどいものになっていく。

「っ、」

息を呑んできゅっと口を結ぶと、男が少しだけ表情を曇らせた気がするがそれも、瞬きの間に分からなくなりただの錯覚だったのだと知らされる。
最悪だ。
どこかピリピリと肌が痛くなるような、あたしとボスの睨めっこは終わらない。

「  、」

「、‥え?」

ふいに、早口で彼は何事かを言ったようだった。
けれど赤い瞳に集中していたあたしは彼が何を言ったのか聞き取ることが出来ず、一瞬、名前を呼ばれたのかとも思ったけれど間の抜けた声を上げるだけ。

「‥‥ザン、ザス?」

恐々、窺うように名前を呼ぶと、探るような視線を送られた。
そうして、重たげに持ち上げられた傷跡だらけの手の平が、あたしの耳元を思っていたよりも優しく撫で、ゆっくりと首筋へと落ちていく。
じわり。
こわばったあたしの肩にはいつの間にかその手の平が添えられていて、あたしの頭の中では混乱の嵐が吹き荒れる。

「‥‥ザ、ン、ザス?」

もう、ほとんど吐息を零すくらいの弱さで呟くと、彼は何か考えるようにして眉間に皺を寄せた。
それからそっと、一瞬そうしたのかも分からないくらいのさりげなさであたしから手の平を離すと、同時に、それまで一瞬たりとも逸らされなかった視線も外して小さく舌打ちを落とした。

「‥テメェは、警戒心が無さすぎる」

「‥‥‥は?」

「そんな調子でオレの部下が勤まるとでも思ってんのか、このどカスが」

顔をしかめたまま、手の平だけでなく体もあたしから遠ざけた上司は疲れた息を吐き出しながら言った。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥いや、警戒心って‥、え、この状況ってなんか警戒心云々の問題じゃない気がするんですけど、ってゆうか、どカス?今、どカスって言ったでしょあんたその呼び方いい加減に、」

「黙れ。違わねぇしどカスはどカスだ」

「うっわ、出たよお得意の一刀両断‥」

「あ?テメェには耳が付いてねぇのか?黙れと言ったのが、「ハァイ聞こえてましたがあえて発言しました何か問題でも?」‥チッ、もういい目障りだ、とっとと消えろ」

「‥‥‥‥‥‥うん、ここ、あたしの部屋なんですけどね?」

そう、口元をひくつかせて言ってみたが眼前の王様気取りは無視を決め込んだらしい。
人の部屋の椅子に偉そうに腰掛けて目を瞑り腕を組んでつんとそっぽを向いている。

(あんたは怒られたガキか!)

歯噛みしてぎりぎりと睨み付けても素知らぬ顔。
全く、何をしたくてわざわざあたしの部屋まで来たんだか分からない。
しかしそれにしても、最近こんなことが頻繁に起こっているのは一体どういうことなのか。
一度、この男と入れ替わりで自室を先刻後にした不憫の代名詞とも言えそうなスクアーロに相談してみた方がいいかもしれない。
考えながら、デスクの上に溜まった書類を見て短息する。

(この人、ホント早く出てってくんないかしら)

先ほど聞き取れなかった彼の言葉が、「はな、」と自分の名を呼んでいた気がする、そんな気がしていたことも忘れてあたしは書類の角を揃えながらペンへと手を伸ばした。
時間は有限。
さあ、意図不明な上司の行動に振り回された時間を早く取り戻しにかからなくては。








































背中合わせの恋知らず



title:誰花



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