百円玉ふたつと十円玉よっつをレジに放り捨ててうばいさった二本のレモンソーダの片方のプルタブに指をひっかけながら外へとびだした。
そしたら呻き声しか出ない温度差に、くらりとめまい。
「げ、あっちぃ」
「コンビニ入ったから余計にそう思うのよ、バカね」
「‥買ってこいっつったの黒川じゃん」
「わかったから、はやく寄越しなさいよジュース」
「‥これ、おれのおごりなんだけど」
「なに、慢り?あんた慢り高ぶってんの?」
「や、そっちじゃなくてご馳走する方」
「あーはいはい、わかったから、ほら、ジュース」
「‥はい、どーぞ」
くちびるを尖らせて差し出すと、黒川は相好を崩しておかしそうにわらった。
それから、ばーか、嘘だよ、お金あとで渡すからってゆってから缶を持ちあげる。
室内で本を読んだり勉強したりとあんまり外に出ないインドアな生活を送る黒川の腕は、夏の苛烈な日差しに眩しく光る。
たらりと流れ落ちる汗をおれは拭って、朝はこんなにもあつくはなかったとジュースを一気に煽った。
朝に起きたばかりの時は、もうすこしつめたいかぜが吹いていたし太陽はもっと低い位置でわらっていたのに。じりじり。
今は肌が焼けるように、温くてあつくて、なんだかもうとけてしまいそうな気がしてきて。
目には見えない刺激が確実に皮膚のさいぼうを攻撃しているのを想像すると、まるでうんざりした気分になる。
だけど、そうであったってそうでなくたっておれはやっぱりビーアイエヌジー形でしあわせなんだろうなあって、思って、軽くなった缶をすぐ傍のごみ箱に投げ捨てた。
狙いどおり、ビン・空き缶の穴の中。
がらんとはじけるような音がしておれが満足気な顔をすると、黒川はガキだと呟いてわらった。
空はまだまだ明るくて、見上げてしまうと目の奥にちかちかしたいたみをもたらして光り、隣の黒川がとても眩しく思えておれはぼんやりすぐそばの木陰を眺めることに集中する。
(そして再認識することとゆえば、おれは黒川のことがやっぱりすきなんだなあって)
(そうゆう、ひとつだけしかない事実、)
「‥なあ、くろかわぁー‥おれ、やっぱだめかもしんないわ」
自分でも情けないとおもうような声でゆったら、
黒川は呆れたみたいなため息をついておれを横目でみた。
「あのねぇ‥そんなもん今から勉強すればどうにかなんのよ、少しもやってないうちからなにいってんの」
「や、そうじゃなくてさぁー‥」
「なに、じゃあ教えるのがあたしじゃ不服だってこと?」
「んー‥そうでもなくって、さ」
「じゃあ、なんなのよ」
そう、だってやらなきゃいけないことは山ほどで、受験勉強に最後になる夏の大会に向けての部活練習に、友達付き合い。まあ、今一番重要なのは赤点を取ってしまったせいで受けることになった再テストに向けての復習。なんだけれど。そうだけれど。
「このまま図書館いくのやめてさぁ、どっか二人で出掛けたくなっちゃったってゆうか‥うん、そんな感じで」
「‥あんた、アホでしょ」
「あー‥、だよな、おれも思う」
にへら、と笑ってゆったら、黒川はまた数秒後に相好をくずしておかしそうに笑った。
「‥ま、あたしもアホってことか」
「え?それってどうゆう‥」
ひゅうん、がこん。
からんころん。
おれがぼやぼやしながら言いかけた言葉は、すぐ傍のごみ箱の、ビン・空き缶の穴の中へ黒川が投げ捨てた缶の落下音にかき消された。
「ほら、行くよ」
満足気な顔をして言う黒川はかばんを肩にかけると、おれを放って歩きだす。
だからおれは少し呆けて、それから黒川を追いかけて、盛大にわらった。
「うはは、黒川もガキなのな!」
「うるっさいわね」
「うは、うん、わりぃわりぃ」
謝りながら手をつなごうとしたら、あついなんて一言ではねのけられる。
だけどそれさえなんだかもううれしくて、おれはわらった。
だって。
やらなきゃいけないことがいっぱいで、そればっかが溢れてて、だけどおれは黒川がすきなのだ。
ガキなのだ。
明日は部活があるし補習もあるし、あついし、しんどいだろうけど、おれは絶対ぜったい、しあわせなのだ。
だから今は、隣に居てくれんならもうそれだけでじゅうぶん。
そうおもえることが、最高のしあわせ。
(なんて、おもったりしているわけなのです。)
子供なりの幸福論