派手な音をたてて背中を床に打ち付けた俺の上には無感動な瞳がふたつ。
痛さにちいさくうめいたら、ふと鼻で笑うように恭弥が目を細めた。


「いてぇーよ、」

「‥そう」


抗議も短く切り返されそこで強制終了。
毎度のことながら言葉のキャッチボールってやつは俺たちの間に存在してないらしい。
そう苦笑いしたら、それがなにか気に障ったのか黒雲母を溶かしたみたいな前髪の向こう側でぎゅうと眉が歪んだのが見えた。
きれいだけどこわい顔。
だけど笑ったり驚いたり、もっと違う顔をしたらばきっとかわいい気がするのにな。
まあ、見てみたい気もするけれど、そこまで死にたがりでもないから一先ずそんなことは忘れることにしておこう。
ああ、しかし背中がじんじんする。
のしかかれちまったら、体が起こせないじゃないか。
いい加減どいてくれないもんかなあ。


「‥あのさーきょうや、」

「うるさいよ」

「‥はは、名前も呼んじゃいけねーのか、」


喉を鳴らして苦笑ったら、ぎゅらり、首筋に擦り付けられた冷たいのがちょっと、ちょっとだけさっきよか強く俺を苦しめるために喉元を潰した。
でもまだ平気。
だってそんなんじゃあ何も、誰も、殺せやしないんだってことをおまえは知ってるんだろう?


「なあ、いつまでこのままでいるつもりなんだよ、きょうや」

「‥うるさいって言ってるの、聞こえなかったの?」

「いや、聞こえたけどよ、」

「ならすこし黙っててくれないかな、いらいらするから」


歪にすがめられた瞳がにぶく輝き一瞬だけ色を見せてうすらぐ。
きれいだなあ、わらったらおまえ、きっともっときれいなんだろうなあ。
そう思いながら俺が笑うたび、締め付けられて追い出されていくのは俺の中の酸素二酸化炭素エトセトラなんかじゃあないって、おまえは気付いていないんだね。
俺の上には無感動な瞳がふたつ。
凍えた瞬きでまっすぐに俺をみてる。
俺を、みてる。

(こわくなんかないよ、こわくなんかない)
(なんにもこわいことなんかないさ)
(平気だよ)
(それだからさ、ね、そんなに俺をこわがったりしなくても、いいんだよ)

震えない瞼は白くて、うすあおい血管が浮いて見える。
なんだか俺はどうしようもなくなって、その細っこい体を引き寄せてみた。
そうしたら意外にも呆気なく倒れこんできて。
でも、それなのに息苦しさはまるで変わりやしないんだもんなあ。
すこしひどいよ。
まあ、おまえらしいけどさ。


「はは、このままならオレ、静かにしてられるかも」

「へえ、そう」


短いお返事、やっぱりそこで強制終了だ。
言葉のキャッチボールってやつは俺たちの間に存在してないよな、どうにも。
ちいさく苦笑いしても、もうさっきみたいに前髪の向こう側でぎゅうと眉が歪むのは見えない。
俺の顔は恭弥には見えないし、恭弥の顔は俺には見えないから。

(ほら、こわくなんか、ないだろう?)

(それだからさ、ね、)
(そんなに俺をこわがったりしないでよ)
(きょうや、)

もういっかい名前を呼びたくなったけど、呼ばない。
俺はそこまで死にたがりでもない。から、忘れることにしよう、と思う。

(きょうや)
(きょう、や)
(俺はこわがったり、しないから)

眩暈を起こす目の前が肺の悲鳴でぐらぐらしている。
ただ静かに抱き締められて声を潜ませた胸の内には何があるの?
徐々に酸欠状態で回らなくなってきた思考。
でも足りないのは酸素二酸化炭素エトセトラなんかじゃあない。
そうじゃあないんだ。
くだらなくってたやすくって、それでもって信じるには絶望すら付きまとうようなのが、全く全然、足りていないんだ。


「きょうや」

「‥静かにできるんじゃなかったの?」

「できるかも、って言っただろ?」

「‥‥」

「なあ、きょうや」

「‥‥」

「きょうや」

「‥‥」

「すきだよ」

「‥‥」

「きょうや、」

「‥ねえ、うるさいよ」


ぎゅるりら。
足りない足りない。
押し当てられているのがなんなのかってことくらいはもうずっとずっと前からわかってるんだけれど、
苦しいのはそれだけのせいじゃあないってことを俺はとっくに知っている。
ああ、そうだ、それにそういえば今俺はうまく頭が回らない。
だからだから、しかたない。
決して死にたがりなわけではなくって、ただ、いろんなものが足りていないだけだから。
それはくだらなくって、たやすいものであって、信じるには絶望すら付きまとうようなのがたくさんたくさん、俺たちには足りていないから。

(それだから、ね、)

小さいときおほしさまに願ったみたいに、俺は思う。

(ねえきょうや)

(こわくなんか、ないんだよ)

だって、瞳を閉じて血色のわるい唇をそっとふさげば、実はとてもやさしい温度がそこにあるってことを俺はもう、出会った時から知っていた。
拒絶されなかったことにはすこしだけ驚いたけれど、気まずげに逸らされた視線に愛おしさを感じたんだよ。

「きょーや、」

「‥‥」

「すき」

「‥‥」

「で、ごめんな」

「‥‥」

「あいしてる」

「‥だから、うるさいよ」

顔をしかめて不機嫌に君は言う。
だからオレはその分だけ笑うよ。
(おまえのことが、すきだから。)














































こわがりなハニー





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