赤い丸っこいお月さまに寄り添うようなきらきら星が、よろめく視線をさらっていく。
朝から寝癖がついたままの頭は、現状からたいした変化もなく風にばさばさ乱されていた。
どこまでも続いてそうでどこにも続いてなんかないようなアスファルトの汚れた真っすぐな道には、ぼやっとした外灯の明かりだけですこしさみしい。
ポケットの中じゃ携帯が呻くようにさっきからずっとぶるぶるふるえていて、切れてはすこし間を置いてまたふるえだすのを飽きもしないでくりかえしていた。
息をついてそっとディスプレイに表示された名前を見れば頭のなかにえがいていた人のそれで、ああやっぱり、と苦笑いが浮かんでしまう。
おそるおそるボタンを押して携帯を耳に押しつけたら、『っどこに居んだよアホ女!』と予想どおりの人の声がきんと耳の奥をついた。


「電話に出て開口いちばんがそれですか、獄寺さん」

『知るか!それよりな、おっまえどんだけ俺を待たせるつもりなんだ!』

「そうですねぇ‥じゃあ、一生待たせるつもりだとでもいっておきます」

『はあ?なにわけわかんねえこと、』

「そうです、ハルはなんとゆうか、ちょっとわけわかんねえことになってしまってるんですよ」


わらっていったせいか、余計いらだったような彼がなにかいいかけた喉から、ひゅっと音がしたのがきこえた。
(ことばを詰まらせるなんてめずらしいですね)
(そんなに怒ってるんですか)


「獄寺さん、空がきれいですよ」

『は』

「星がきらきらしてます」

『なにゆって、』

「きらきら、してますよ」

『‥おう』

「おつきさまだって出てて」

『、で?』

「きらきら、きれいなんですよ」

『‥』

「きれいです、よ」


夜に呑まれそうな星たちは位置をかえずにきらきらきらり、消えそうに。上を見ながら瞬くとなにもかも見えるものすべてにじんでわからなくなる。
とうめいな空気が肺を満たしてさまよって宙にはきだされていく。ほんのり白い息がたばこの煙のように現われて消えた。


『‥わかったから、』

「はい」

『泣くなって、アホ女』

「は、い」


返事をしたけれど、胸のなかでそれはどうしようもないことだとぼんやりおもった。喉のおくのほうがひくひくと勝手に痙攣して声がふるえてしまうのだし、ちいさく嗚咽まじりなことばばかりが今のわたしの体を満たしているのだから、どうしようもない。
あ、あ。
心なしか、獄寺さんの声もふるえていたようにきこえた。ほんとかしら。
(めずらしいですね)
(そんなに怒ってるんですか)
(それとも、)
(悲しいんですか)


「会いたく、ない、です」

『‥ハル』

「さよなら、とか、また会えたらいいですね、とか、」

『ハル、』

「ゆうのは、いやですよ、」

『なあハル』

「さいごのことばなんて、欲しくないんです。いらないんです」

『ハ、ル』


おほしさまがあんなにもきらきらきらり、ぱっと消えてしまいそうでも輝いている。
それがクリスマス前の街を彩るつくりものな輝きなんかではなく、いのち燃やしているがゆえのひかりだと教えられたときの許しがたさやなにかいろんなものに裏切られたような気持ちだって、今はもう忘れかけてしまっていて。けれどそれでだってきれいなことにかわりはないと、事実に慣れて受け入れてしまった瞬間からわたしたち、また一歩大人に近づいてしまっていたんのだろうけど。なのに大人になりきれないから、だめなんだろうけど。

(もうすこし大人だったらわたし、素敵にわらってお別れできたのでしょう)
(これっきりの出会いなんだろうと思いながらも、素敵にわらえたことでしょう)
(もしそうでなくたって、信じます)


「獄寺さん、空が、きれい」

『ああ、』

「星がきらきらしてます」

『きらきら、してるな』

「見てるんですか?」

『おう』

「ふふ、なんだか、ロマンチックですね」

『‥なにきもちわりぃこといってんだおまえ、恥ずかしいやつ』


夜に呑まれそうな星たちは位置をかえずにきらきらきらり消えそうに、おつきさまに連れられ何億光年先まで泳いでどこへゆくの。
あ、あ。
わたしたち、今この瞬間もまたなにかをなくしながらじわじわと大人に近づいているんでしょう。だけど大人になりきれないから、だめなんでしょう。


「あ、携帯、もう切れるかも、しれません」

『またちゃんと充電してなかったのかよ、』

「はい、忘れてました」

『‥バーカ』

「獄寺さんにいわれたくないですね」

『は、かわいくねえ女』

「かわいくなくて結構ですよ、それがハルですから」


紫に見える雲がはやくながれていくからときどき空がおおわれて明るくなったり暗くなったり。ああ、彼にもおんなじように見えているんであればいい。
耳に押しあてた携帯が活動を停止するまで、くだらないことばをつくりつづけようとわらう。
わたしたち、今この瞬間もまたなにかをなくしながらじわじわと大人に近づいているんでしょう。だけどまだまだ大人になりきれないから、だめなんでしょう。
すこしわらえるくらいには大人に、なれたのだろうけれど。

(あ、さっき)
(いらないなんていってごめんなさい)
(ホントはとってもほしかった)
(とってもとってもほしかったんですよ、さいごのことば)
(まあさいごのことばなんて定義しなくても、ね)
(もうなにをゆったって、さいごのことばでしかないってゆうことにかわりはないですけど)

びゅう、びゅる、ひゅるら、風がかみのけをかきわけて走り抜ける。空はランプをつけたようなうす明かり。きれぎれの雲とつながらない星の間隔。
なんだか、とても切なくなる。
悲しくなる。
けれどわたしたち、これでお別れとなるのです。
とぎれはじめるわたしたちの糸はもうすぐぷつりと音をたてて切れるのです。
おんなじの空を見あげながら、まるで隣合ってまぼろしを見ていたような心地でわたしたち、これで最後のさようならとなるのです。



























































星空ラストコール



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