これが全部きれいに剥がれ落ちてしまったらと決めてからどれくらいたったのでしょうか。
考えてみたけれどそこまで意識していたわけではないから、どれくらいかなんて時間に換算して考えても頭のなかにはただ長かったとゆうおもいが残るだけでした。(とゆっても実際きっとそんなに長くはなかったのでしょうけれど、)
すべての爪にのせられていたはずの桃色は、もう左手の小指の先にしか色を見つけられません。どうにかのっかっているだけのそれは、なんだか、軽くつつけばぴりりと音をさせてどこかへ行ってしまいそうな様子でした。
(あなたに伝える)
(もうすぐその時がやってきてしまいます)
(ああ、ああ、時が止まってしまえばいいのに!)
そんなことを考えてみてもやはり時が止まったりしないのは道理なわけで、じいと小指の爪と睨めっこするわたしの後ろから、わたしがどうしようかと悩んでいるのなんかちっとも知らない獄寺さんがわらって言いました。
「おいアホ女、爪にごみついてんぞ」
「ごみじゃないですよ、マニキュアです。見てわからないんですか」
「んなもんわかるか」
「はひ、そうですか」
ちょこりとついた小さな桃色は、指ではらえばすぐにぽろりと落ちてしまいそうだ。
(獄寺さんに言われたとおり、ごみみたいに)
それがなんだかちょっとだけくやしくおもえて、わたしはくちびるをきゅうと噛みました。
だってなにもかもが上手くいきっこない世の中だってことを知っていますもの。まだほんのぽっちりしか生きていないようなわたしたちに奇跡みたいなことなんて起こりっこないんです。
(だから答えを聞くのがこわくって)
(それにやっぱり、わたしだけこんなふうに思っているのかなって考えたら)
(さみしい、)
もくもく、獄寺さんがくわえるたばこから煙が出ていて、本当はいつもは気になる匂いなのだけれど、どうしてか今はそうでもありませんでした。
「ハル、願掛けをしてるんです」
「願掛け?」
「はい。これが全部剥がれたら言おうと思ってて」
「言うって、誰になにをだ。主語がねえからわけわかんねえよおまえの話は」
「ふふ、わからなくたっていいですよ、すぐにわかりますから」
「あ?」
わたしはわらって、ごみみたいに爪にひっついているマニキュアを別のほうの指の爪でカリ、と削りました。
獄寺さんが怪訝そうな顔をしてるのもお構いなしで、思っていたよりも落ち着いていた心臓を震わせ。
(叶うなんてはじめから思ってもいません)
(こわさとさみしさとくやしさを抱えて、それでもあなたが)
(あなたが)
「すきですよ、獄寺さん」
滑り出たことばは無事に届いたようで、獄寺さんはくわえていたたばこを漫画みたいにぽとりと地面に落としてしまいました。
それがとてもかわいかったから、わたしはわらってもう一度「好きですよ、」と言いました。
なにもかもが上手くいきっこない世の中だってことを知っています。まだほんのぽっちりしか生きていないようなわたしたちに奇跡みたいなことなんて起こりっこないんです。そんなものなんです。
(だけどだけど)
(あなたもわたしを想っていてくれたらなあとか)
(そんな奇跡みたいなことが起きればいいのにって、思っていますけどね)
小 指 の 秘 密