(上司部下パロ)







ひどく暑い。
不快に感じるべたつきと、脳天に突き刺さる太陽光。
数日前までイタリアに居たからなのか余計に思う。

日本は、暑い。

湿度云々の気候の違いによるのだと理解はしていても、頭上からの熱に加えて下からも蒸し返すようなこの暑さだ。

もともと夏という季節を好ましく感じられなかったこともあってか、空港を出た途端に嗚呼うんざり。


「‥あー‥、もうやだ、イタリア帰りたいイタリア帰りたいイタリア帰りたいイタリア帰りた」

「うるせぇ‥黙ってろカス」


念仏のように呟いていた言葉を遮ったのは、不本意ながらも立場的には現上司、となるお方の不機嫌そうな低い声。

まぁ、しかし心外ね、
カスなんて。

あたしは茹る頭で考える。

だって初対面からの見下した態度に偉そうな口調と仕草と表情。
全てが散々にこちらの神経を逆撫でするようなものであったからかなんだかどうにも、部下として暫らく世話になることになって数か月は経つというのに、あたしはこの男を今だに好きになれないままでいる。

――と、いうよりも。

むしろ嫌いであると言った方が適当ではなかろうか。


「‥何度も申しておりますが私の名前はカスではありません。脳みその容量が小さすぎて私の名前を記憶できないのかもしれませんけれど、その名称で呼ばれるのは非常に不愉快ですし不服です。簡単に言えばムカつきます。うざいです」


などと、まあ、暑さとカス発言のダブルパンチで苛々していたために些か子供のようないちゃもんの付け方で反発してしまったが、ぶっちゃけ本音なんだしまあいいかと頭の隅で考える。

そしたらぎろり、あら、睨まれちゃった。

おお恐い。

(だけど内心してやったり、)


「‥‥‥‥‥おい」

「はい、何でしょうか?」


意図的にわざとらしく、微笑むように笑顔をつくる。

にこり。

するとひどく嫌そうな渋面で舌打ちして一言漏らされる。


「‥車は後何分で着く」

「先刻入った連絡ではもう2、3分程で着くのではないかと」


告げれば顔をしかめながら片眉を小さく上げられて、また少し機嫌が下降したらしいことをあたしは暗に知らされる。
けれどそんなことは知ったことじゃない。

上司の不機嫌面を華麗に無視して、あたしは久しぶりに見た気のする入道雲に視線を移した。

ああ、それにしてもヴァリアーの下で諜報活動の指揮を取るだとか、そんなことになって嗚呼もうめんどくさい、なんて思ってたイタリア生活初日にかまされたカス発言から早数か月とは‥時が経つことのなんと早いことだろう。

横暴というか我儘というか、沢田から聞いていた分にどんなのが一時的にでも自分の上司になるのかと思ってご対面したら、ある意味で本当に聞いたまま、むしろそれ以上にひどい気のする奴で、大変に驚いた記憶はまだ新しいものである。
まぁ、それに対してそれなりの態度と言動を返した自分も大差などないのかもしれないが、カスだの消えろだの邪魔だのと初めましての状態から言われれば、仕方がないことだといえると思う。
毛程もあたしは悪くない。
はずだ。

と、そんなことを考えつつ、視界の端に映り込んできた黒い車を瞳で捕らえ、あたしは脇に置いたスーツケースを手に持ち視線を戻した。


「到着したようですので、ご用意を」


用意など必要が無いと分かっていながら口にすると、鼻で笑うような気配がして微かにこめかみがひくつく。
しかし、キキ、と音を立てて目の前に止まったそれのドアを条件反射に開け、不本意にも恭しい所作で男に中へ乗るよう促してしまう自分にそれ以上のやるせないものを感じて、ため息。
もう身に染み付いてしまっている自身の無意識な行動を恨むべきか誉めるべきか。

小さく唸りつつ、男が奥へ乗り込んだことを確認して自分も中へ乗り込み、ドアを閉めれば車はゆっくりと発進する。
冷房のきいた車内は外と比べると悠かに涼しくて、あたしは体中の汗が一気に引くのを感じた。


「も、申し訳ありません、予想外に道が混んでおりまして‥」


おずおずと、ふいに前から消え入りそうな声を投げられる。
だからあたしは苦笑った。


「いえ、人出が足りないのに迎えを頼んだこちらが悪いのでお気になさらず。それに‥この時期はやっぱりどうしても渋滞が多いですからね」


すると、バックミラー越しに青年と目が合い似たような苦笑を返された。


「ええ‥ちょうど夏休みの時期ですし」


そう、世は夏休み。
所謂サマーバケーションというやつなのだ。


「まぁ‥私たちにはもう関係ないものですけどね、」

「はは、ええ、確かにそうですね」


同じものを分かち合う者同士独特の、苦い笑みを交わして息をつく。
社会人ともなれば学生の頃のような生活とはまるで違うサイクルに組み込まれ、その上自分たちは私生活に仕事が溶け込んできてしまうような特殊な職種に就いている。
そのために、一般的に休日とされている日を休日として過ごすことは難しいのだ。
代わりに、別段重要な仕事がない時には休みと呼べるものは手に入るのだが、そう簡単に気を抜けないのはいただけない。

まあ慣れてしまえばそれが日常となるけれど、今となっては非日常的に感じる学生生活やそれまでの感覚はひどく懐かしいものに思える。


「それにしても‥ボンゴレが用意したホテルまでは2時間程で着く予定だったんですが、この混み方だとあと半時間は確実にオーバーしそうでして‥」


参ったなぁ‥と一人小さく呟く青年の声を聞きながら、ふとそういえばさっきから静かだなと恐々隣に目をやると、上司様は腕を組んで眠っておられて我関せずといった風。
進みの遅い車に苛ついて機嫌が悪くなっているかと思ったが、八つ当りなどをされない分には眠ってくれている方が助かるのでまぁ良しとしよう。

‥しかし、寝ているのに眉間の皺が寄っているのはどうにかならないものだろうか。

眠っているのを良い事にして不躾に、火傷の跡の残る顔を眺めながら思っているとヒクリ、片方の眉山が微かに動いた気がして慌てて視線を窓の外に移す。


「‥じろじろ見てんじゃねぇ。かっ消すぞ」


目を瞑ったまま、体勢を変えることなく言われた台詞に内心動揺しつつも肩を竦める。


「これはこれは失礼いたしました。てっきり眠っておられるのだとばかり」


薄い笑みもオプションで付けておけば、気配でだけでもこちらが悪いなどと思っていないのはきっと伝わったことだろう。

しかし、数分待てど予想に反して反応がない。

そろりと隣を盗み見ると、再び寝入りでもしたかのように黙りを決め込んでやはり眉間に深い皺。
けれど多分に、先程と同じく眠っているように見えてきっとそうではないのだろう。

別に取りたいなどとは全く思わないが、しかし、本当にスキンシップのスの字もない男である。

一定の景色が続く高速道路特有のそれがのろのろと流れるのを眺めやりながら、あたしはわざと耳に届くよう息を吐き出してやった。

それにしても、まだ目的地に着くには時間がたっぷり余っている。

アタッシュケースの中に詰め込んで来た、すでに内容はまとめてある報告書の確認でもして時間を潰すかと思いついたあたしは少しだけ気を抜いて、小さく欠伸を噛み殺しながら首を鳴らした。













































あ た し



ボ ス



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