外に待たせておいた車に乗り込むまではとりとめのない話をして、まあ内容と言えば、表で活躍しているお偉い方々の腐った脳みそについてだとか、この間の仕事は買ったばかりの服が台無しになって最悪だっただとか、お気に入りのブランドの新作はいまいちであそこももうだめだ、だとかそんな内容。
終始笑みを絶やさず頷いてはたまに言葉もかえしてくる骸ちゃんは、あたしに歩く速度を合わせてくれていた。
なのに外に待たせていた車に乗り込んで走りだせばさっきまでの雰囲気は一変して、沈黙ばかりが支配するのはどういうわけか。
相変わらず微かに笑みを作ったままの骸ちゃんは、本当に相変わらずだ。
くだらない。
さっきまでわたしの話していたことだって、存外くだらない。
それにもし仮にこれが骸ちゃんの言っていた通りにこれがデートであったとしたら、最低だ。最悪だ。
(だなんて、ああ、今度はまたくだらない想像ね)
ため息と共に手元のボタンを押して、あたしの顔が映るすぐ側のスモークガラスを半分ほど下げれば、空はすこうし、ほんの端っこにだけ、僅かな白みを迎えはじめているようにも見える。
だけど今はまだ黒とゆう色が満ちている空も街も、この車内も、退屈なほどの静けさでもってあたしを微睡ませるだけ。
誰一人姿を見せない通りに立ち並ぶ建物の窓は、開いているところもあれば閉め放したままのところもあって、まるで人気がなかった。
ひどく寂れた印象を植え付ける。
ゆっくりとした走行に伴う小さな排気音がひびく中、そのひとつひとつを見て行くうちにどこからかノイズまじりの女の歌声が風にのって耳に届いてくるのに気付いたあたしは、懐かしさと一緒に込み上げる苦い思いに苛まれた。
ラジオから流れているらしいメロディは、何度となく耳にしたことのあるもので、神よ、と囁くような女の美しくもノイズに汚された歌声にあたしは身を微かに震わせる。
蘇ってくる記憶には生みの親と姉の笑みが刻まれていて、吐き気がした。
神にあいされている。
ねえ、だけどそれで一体どうして、あたしたちが幸せになれるとゆうの?
時たま入る機械のザザザという雑音に救われながら、しかし遠ざかっているからか小さくなっていく音に出たのは安堵ともつかないため息だ。
それでもまだ鼓膜にまとわりつくようなやわらかい女の声と、コーラスか何かの男の声はなおも、それが素晴らしいことであるかのように生を尊ぶ歌を歌い続けていた。
あい、あい、あい、愛。
でもそんなものあったってご飯は食べられないし、服も買えない。
温かい寝床や、まともな世界で生きていくことすらできない。
花を一度添えたきり訪れていない墓標から、そう遠くない場所に位置する教会のあの、矛盾しているような壮麗さが嫌いだったことを思い出す。
全てを分かったようなつもりの醜悪な顔で、何も理解しようとはしない偽善の群れさえ脳裏にひょいと顔を出す。
可哀相だ、一人になってしまったなんて、と繰り返す汚らしい口の数は覚えてなどいないけれど、優しいふりはいい加減よしたらどう?とあたしが口にした瞬間の大人たちの憐れな顔と言ったらなかったものだ。(助ける気なんてさらさらないくせに、遺産目当てに群がる作り笑いが滑稽でたまらなかった。)
結局、頼るものなんてこの世には存在しない。
自分で逃げ場所を探しに行かなくては、安息も安心も明日も手に入れられない。
裏切りは散々に、あたしの人生をめちゃくちゃにしてくれた。
でも金はあたしを裏切ることなんて知らないし、形を変えたとしてもあたしの側にそっと在る。だから悲しみなんてものは生まれない。
あたしは金が在れば、それでいい。(そしてそれがくだらないことだと、あたしはようくわかってる、)
ボタンを引き上げてもう車内を密室にしてしまえば、すぐに死んだ会話があたしと骸ちゃんの間に生まれるけれど、もう、なんだってよかった。
横顔を見つめていたあたしに気付いた骸ちゃんは、どうしたんですかといつも通りに嘘臭く笑う。
どうもしないわ、そう微笑むと、骸ちゃんは至極機嫌よさげに笑い返した。

「よかった。泣いているような気がしたので」

「‥何それ。おかしな冗談ね」

微睡みが纏わりつくように思考を鈍らせて、頭がはっきりしてくれない。
意識を保つためにもと開いた口から滑り出るのは意味を持たないお決まりの台詞。

「それで、今回の報酬額はおいくらかしら、骸ちゃん」

小切手をひらつかせて言えば、くすりくすりと骸ちゃんは笑い声を漏らして目を細めた。
ああほら、そうやって。時々、ふっと哀れむように見つめてくるから嫌になる。
優しくされたら欲しくなっちゃうから、こんなふうなのは望んでいないのに、ばかにしたように愛しそうな目であたしを見つめるのは、ちょっとばかり刺激が強すぎるのよ。
向けられる微笑みに潜む感情にさえいっそ、一片の気の緩みなんてもので中身を曝け出したりなどしないで欲しいと毒づきたくなってしまう。
でもそんなふうに感じるのだって、感傷的になってしまっているせいに決まっているのに、なんだかタイミングがひどく悪い。
ふわりと伸ばされた指が奪い去ったのはあたしの手に在った小切手。
けれど、掠めるように頬に触れるのは少しルール違反な気がするのは、ただの気のせいかしら?
じわじわ、苛むように体の真芯から広がる感情を笑って、あたしは化粧ポーチに手を伸ばす。
金はあたしを裏切らないし、優しくして、心をめちゃくちゃにしたりなんかしない。
だから好き、だいだいだあい好き。
信用できるのも愛せるのも、金だけ。
それだから、わけもなく泣きたいような気になるのも単に、昔を思い出してしまったからに決まっているの。
きっと。
そうにちがいない。
(そうじゃなきゃ、いけないの。)

























































哀 し 不 変




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