わたしは、ああもうきっとだめなんだろうなあと諦めの気持ちを胸に抱きながら、それでも未練たらしく、口をひらいた。

「ごくでらさん、ねえ、ごくでらさん」

わたしの下手くそな、ちいちゃな子どもみたいな呼び掛けはやはり全くきれいに無視される。
九回目、なんて嫌な数字はわたしの気持ちを体現していて、読んでそのまま、わたしにはひどく苦しい数だ。
それが洒落にもならないのはこの、わたしのやさしくない恋人がさっきからずっとずっと、なんにも反応を返してくれないからで他に理由なんかないのだけど、どうしてこんなにいつも腹の立つくらいに頑ななのかしらとわたしは少し、唇を尖らせてむっとしてしまう。
ぷかぷかと部屋の上にたまってゆく白い煙はどこまでも静かに縦にのぼって、まるでわたしなんかこの部屋には居ないみたいな振る舞いで。
いい加減、こういうふうな癇癪を起こすのはやめてくれたらいいのにと、わたしは無表情な横顔を見つめてくちびるを噛んでしまう。
だけれど言いいたいことがあるんなら、なんでも、なんでもいいからちゃんと言ってくれたらいいのにと、喚き散らしたい気持ちを抑えて黙り込む。
だってこんなふうにこの人が怒っている理由がわからないわたしには、もうそれしかなくって、台風みたいに強い風はがたんがたんと窓をゆらして通り過ぎていくのにひたすら耳をすませているしか手立てはない。

「‥‥‥‥おまえさぁ、」

ぱかり、とわざとらしく口を開けて沈黙を破るのは、決まっていつもこんな獄寺さんの第一声。

「‥なんですか」

トゲのある声にならないよう、控えめに返すと獄寺さんは煙草の火を灰皿に押しつけて、わたしに怒ったみたいな顔を向ける。なんだってそんなふうな顔をされなきゃいけなんですか、わたしが、いったい何をしたっていうんですか。非難したくなる気持ちを抑えて、じっとじっと、言葉を待つ。

「‥‥‥あんま、山本とかとひっつくな」

ぎらり。威嚇するように睨まれて、だけどわたしは、いまいち言葉の意味が分からずぽかんとしたまま首を傾げた。

「ええと、山本さん‥‥ですか?」

「‥だから‥あいつだけじゃなくて他の男、とか」

「はあ、他の男とか、ですか‥‥」

「‥‥‥なあ、おまえ俺の言ってる意味、分かってんのか?」

「‥えーと‥い、いまいち分かりません」

「‥‥‥そーだろうな」

言って、不機嫌な顔でまた新しく煙草に火をつける。
イライラしている、というよりかはもう呆れの方が強いかもしれない横顔。
それはどこか少し拗ねているようにも見えて、それからわたしにはそれがなんだか不思議と可愛く思えて、わけが分からないのにぽろりと口からごめんなさい、なんて謝罪の言葉を一言こぼしてしまう。
そうしたら獄寺さんは、がしがしと頭を掻いて何かを訴えるみたいにわたしを睨んで、意味も分かってねぇくせにあやまんな、と体を引き寄せた。
ぐっと唐突に近づいた距離のせいで、獄寺さんの服にしみ込んだこの煙草の匂いに、満たされる。
煙草なんて身体に悪いし、未成年の成長を妨げるし、こんなもの大嫌いなはずだったのに、今ではおかしなことにこの、有害なそれと獄寺さんの匂いが混じった特別な薫りを肺一杯に吸い込むと、なんだかとても幸せな気分だなんて思えるようになっている。
ぼんやりとそんなことを考えているわたしの頭の上からは深々とした溜め息が落ちてきたけれど、苦笑いでそれを躱して、わたしは遠慮なく獄寺さんの胸元に顔を埋めることにした。

「‥‥‥‥‥だから、おれが言いてぇのはだな‥おまえは、おれ以外の野郎にへらへら愛想振りまき過ぎだってことなんだよ」

「‥はぁ、愛想、ですか‥」

「あと、なんか妙に‥‥アレだ。ひっつきすぎだ」

「‥はひ‥ひっつきすぎてるんですか、ハル‥」

「‥そーだよ。ひっつきすぎてるんだよおまえは、いっつもいっつもいってもいっつも、」

「そ、そんなにひっついてなんかいませんよ!」

「うるせー黙れ、アホ女。‥おれにはあんまり自分からひっついて来たりしねーくせに‥そーゆうの、なんかムカつくんだよ。わかったか」

「‥は、はひ‥」

「‥チッ。本当、ムカつく‥」

ぎゅうぎゅう、ぎゅう、ぎゅうっと、それだけしか今はできないとでも言うみたいに抱きしめてくる腕は更に力を強めて、わたしを苦しくさせていく。

「ごくでらさん」

「‥‥」

「ごくでら、さん、」

「‥‥」

「‥はやとさん」

「‥‥」

「ごめんね、」

「‥‥」

「‥ごめんなさい」

「‥‥」

ぎゅうぎゅう、ぎゅう、と。
軋むくらいに抱き締めてくる腕がゆっくり解かれて、軽くこめかみにキスを落とされる。

「‥‥は。ぜってぇ、許してなんかやんねーし」

なんて、ふてぶてしい態度でそんなことを言ったりするくせに、だけどまだ怒っているような顔に紛れて、隠しきれない赤い耳。

(だけど、それならばいっそ永遠に、獄寺さんはわたしを許さないままこうやってずっとずっと抱き締めてくれていたらいいのに、)

思いながらわたしは囁くように笑い声をあげて、そっと唇にキスを返す。

あのね、ごめんなさい。
だいすきですよ。

(残念ながらあなたのことが、誰よりも)
















































嫉 妬 と 書 い て や き も ち と 読





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