のぼる坂はあいかわらずきつくって、すずしいのもぬるいのもないくらいに風がなかった。
もうすぐだ。
焼けきれそうな熱はアスファルトの悲鳴みたいにおれの汗をうばっていく。
だけどそんなことにかまってなんかいられない。
(おれはぎらぎらした光の渦に呑まれて消えるような
幻の一片になどなってやったりはしないのだ、)


「っく、ろかわ!」


逆らう重力も負担もお荷物も、
今だってほんとうは十分すぎるくらいだった。
ぜえぜえと息をしながら立って漕いで、
自転車はたいらな地面に到達したしゅんかんふっと宙にういたみたいに軽くなる。
呼んだ名前の持ち主は、しろいシャツの背中を向けたまま振り向いておどろいた顔をした。
大人びた黒い瞳がまるくなって、
ああ、すきだなとおれはおもう。


「え、やまもと、何してんの」

「くろ、かわが、見えた、から、飛ばして、きた」

「はあ?何それ。‥てゆうかすごい息切れてるし」

「うはは、まじ、あっついよ。ね、どこ、行くとこだった?」

「ああ、ここの上に図書館あるから、勉強しにいこうとおもって」

「そ、っか。じゃー、おれもいこ」

「‥なんで来んのよ」

「えー‥勉強、しようとおもって。とかだめ?」

「そうやってきいてる時点でだめなんじゃないの」

「あ、じゃあ言うんじゃなかった」


からから、わらったら黒川が髪を掻き上げながら呆れたように目をほそめた。
(きっと、空が眩しかったんだろうなあ、)
おれは黒川の顔をみていたらちょっぴり胸がいたくなって、それをかくすように笑顔をとりつくろった。


「あー、あっつい。ぐらぐらする」

「この坂いっきに上ってくれば、そりゃそうでしょ」

「だって、黒川がおれを呼んでたんだぜ?仕方ねーの」

「‥いや、呼んでないけど?」

「いやいや、呼んでた。あの背中は呼んでた、ぜったい」

「‥あー‥、えっと、それは妄想?」

「うーん、や、どっちかといえば願望?」

「あー‥ああー‥うん、なるほど。大いに納得」

「うはは、そう、おーいになっとく!」

「‥あんた、絶対それ意味わかってないでしょ」

「ん?うん?あー、うはは、」

「‥はあ、やっぱ、あんたばか」


黒川が半眼でため息をつく。
からからからり、おれの自転車はうるさいBGMを流してすすむ。
油をさしておけばよかったなあと後悔するけれど、
やっぱりすぐにどうでもよくなっておれは心をはずませながら汗を拭った。
ゆらゆら。
ゆらり、
光を反射してかがやく地面のかげろうが、いじわるく明日の景色をぼかしてゆれる。


「‥くろかわぁ」

「んー‥なに?」

「課題、おわった?」

「ううん、まだおわってない」

「そっか。なにやんの?」

「んん、まだきめてないけど」

「うはは、そっかそっか。おれもまだきめてない」

「‥てゆうか、あんたは休み明けても仕上がってなさそうよね」

「うは、ひでー」

「ひどいのはどっちよ。去年もその前の年も泣きついて来たのはどこの誰か忘れたわけじゃないでしょうね」

「うはは、」

「笑ってごまかすな」

「うはははは、は、わりぃ、わりぃ、」


笑いながらあやまった、けど、
黒川はグーを作った左手でおれの右肩をばこりとなぐると
むっとした顔をつくって見せた。
じんじん、
そのしょうげきは、まるでいたくなんかなかったのに少しだけおれの心をふるわせて
あついのもだるいのも全部ぜんぶ最初からなかったみたいに、
おれをどうしようもない気持ちにさせた。

(ああ、こんなの絶対にひきょうだよ、)

黒川のふれたところばかりが熱くなって、
そこにしか血が巡っていないみたいなさっかくとおれはこんにちは。
くらり、
めまいがしたような気がした。

(ああ)
(何が大事でそうじゃなくて、正しかったりまちがってたり許されたり許されなかったり、)

(まだおれにはなんにもわかんない)
(ぜんぜん、わかんない、けど、)

(でもくろかわをすきだとおもうただひとつの感情だけはずっと、)
(ぎらぎらした光の渦に呑まれて消えるような
幻の一片にもなれないままおれの胸を焦がしているから)

「なあ、くろかわぁ」

「んー‥なに、今度はどしたの」

「んん?や、勉強おわったらなんか飯とか食いにいかないかなーって」

「あー‥」

「んっと、無理?」

「んーん。へいき」

「え、マジで?」

「うん、マジで」


髪をかきあげるくろかわがいたずらっぽくわらう。
うれしくなって、おれもわらう。
そしたら、ああ、やっぱりそうだって気づいてしまって。
おれは、どうしたってくろかわがすきなんだなあって、おもった。
おもう。
(おもうんだ、)
だから、今はなんにもわかんなくても不安でも、なんかもう別にそんでいいじゃないかな、なんて。
おもった。
おもう。
(おもう、よ)
それからふっと、
なつのまぼろしになれない二人の影がつながって、
なんだかそれはとてもしあわせなものの形みたいにおれの瞳に映りこむ。
じぃわじぃわ、
どこか近くで急になきはじめた蝉がもう、なつの寿命がみじかいのを知らせているみたいにひどくか細い声だった。

(何が大事で、そうじゃなくて)
(正しかったりまちがってたり、許されたり、許されなかったり、)

(そんなのなんにもわかんない)
(ぜんぜん、わかんない、けど、)
(だけれ、ど)


「くろかわぁ、ねえ、着いたらなんの教科の勉強すんの?」

「とりあえず持って来てるのは英語と数学だけど‥」

「うげ、おれどっちもやだなあ‥」

「んふふ、やる気ないんなら今すぐかえりな」

「や、ちが!やる気はあるよ、ほんのちょっとだけどあるにはあるから!」

「ふうん?じゃあ、着いたらまずはあんたのきらいな英語からやろうか」

「えええ、ちょ、ま、そんな殺生な‥!」

「いつかはぶつかる壁よ。あきらめなさい」


きらきら、きらきら。
くろかわがわらうと、そんな音が聞こえる気がする。
へんなの。
不思議だなあ。
おれはそんなことをかんがえながら、もう一回、やっぱりくろかわがすきだなっておもうと、うん、そうだな、仕方ねーのな、
そう、わらってうなずいた。






















ま ぼ ろ し の

ひ と ひ ら



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