何度見ても花火はきれいだけれど、やっぱりそのあとにはいつだって胸の内には悲しいものしかのこらない。
あたしは山本につながれたままの手を軽く握りかえしながら
ひっそりとそんなことをかんがえる。
だけど、
山本は空を見上げたままこちらを見ようともしない。
真剣に花火が上がるのを見つめている。
明るくなっては暗くなる横顔に宝石みたく付いている黒い瞳は、
光がはじけるたび、
それに似たまぶしさで小さくきらめいていた。

「ねえ、この花火、なんか流れ星みたいに見えるわね、」

鉄砲を撃つような音が幾重にも重なってひびいて、
連続的なリズムでそれは一瞬だけ空を明るく塗りかえる。
時差があるみたいな反応のおそさであたしに顔を向けた山本は、
ことばの意味をゆっくり頭で理解してからもう一度花火を見上げると
うなずきながら破顔した。

「ああ、うん。ほんと、そうなのな。流れ星っぽい。すげー、きれいだよな、」

噛みしめるようにことばを紡ぐ山本に、
あたしは苦笑って「そうね」とだけ返事をかえす。
それから、山本の腕にかるく頭を押しつけてゆるゆると呼吸をくりかえした。
ずっとつないだまま向き合うてのひらが
お互いしっとりと汗ばんでいる。
ひゅうるるる。
それから空が光って、ぱんと火花が四方に散り散りに消えていく。
周囲が明るくなって、暗くなる。
ああ、もしも。
もしもこれが流れ星だったなら、こんなにも星が流れていたならば、
願いごとを三回言えていたら願いが叶うかな、なんて。
そんな子供みたいな考えが頭の真ん中にゆらゆら浮かんでゆれる、ゆれる。

(うふふ、ばかみたい、)

空いている手で持つりんご飴の、甘いべたつきが指先にこびりついてなんだかとても気持ち悪いね。
だから内心の不快さを山本に気付かれないよう、
あたしはどうにかうすく笑みを浮かべつづけた。

「なんか、こんなに流れてたら、願いごとのひとつくらいかるく叶いそうだよなあ」

どきり、と、まるで考えを見透かされていたみたいな山本の台詞にあたしは一瞬息を詰まらせた。

「、は?なに、流れ星に三回願いごとをすると、ってやつ?」

「そうそう、それ」

「は、無理でしょ」

「なんでだよー」

「だって、流れ星じゃないし」

「はは、まあ、そうだけど」

「‥あ、ほら、また上がったわよ」

誤魔化すようにあたしが言うと、
山本は素直にまた空へと視線を移動させた。
つないだ手は宙でぶらぶらゆれてなんだかひどくたよりない。
なぜだかずっとつきまとう少しの不安が、汗をかきつづけて気持ち悪いはずの手と手をはなしてしまえなくさせているような気がして
あたしはすこしだけ目を伏せた。
だって、
音を立てて上がり続けるのは流れ星ではなくって、それは当たり前のごとく花火なのであって、
流れ星が願いごとを叶えてくれるなんてのは子供だましの話でしかなくって、
それで、
そんなので簡単に叶うような願いなんて、
この世にあるわけがないのだから。
そう、だから見上げたきりこちらを見もしない山本の、
目を細めて空を見つめる様がなんだか空を睨んでいるようにも見えたのがおかしくてあたしは小さく横で笑った。
ああ、確かに笑ったのだ。
花火が上がる。
けれど、
今度は流れ星が流れることはなくて、朝顔が鮮やかに幾つも咲いて枯れるだけだった。

「きれいね、」

「うん。ホント、すげーきれいだな」

ぴったりとくっつけ合っているせいか
山本の手はとてもあつい。
それに自分の手も小さな子供の体温のようにあつくなっていて、
汗がそこだけ止まらない。
気持ち悪い。

(だけど、この手をはなせない、)

花火が、上がる。
流れ星は流れない。
だけれど山本の瞳は光をちかちか映し出して、ひっそりと静かに輝いていた。
花火よりもこっちの方が余程きれいだと、あたしはぼんやりかんがえる。
てのひらはひどく温かな汗に満たされて、
けれど不思議と心地よく感じていて、
なんだか目の奥のどこかがじいんと痛くなり涙が滲んでしまうような気がした。
ああ、手がはなせない。

(あ、ちがう、)
(そうじゃない)

(あたしは、きっとはなしたくなんか、ないんだ)

花火がまた上がって、山本の瞳は夜空をそこに貼りつけたみたいに光を浮かべてきれいだった。
間隔を徐々に短くしながら、いくつも空で花火が散っていく。
てのひらがあつい。
瞼が重くて、目を開けているのが億劫だ。

「黒川、あれまた上がったぜ、流れ星みたいなやつ」

「、そう」

「願い事、しといた。ちゃんと三回言えたし」

「でも流れ星じゃあ、ないじゃない」

「そうだけど、そんなのは後付けでいいんだって、何でも。流れ星とか花火とか」

「は、何それ。意味わかんない」

鼻で笑ったふりをすると、花火から目をはなした山本は、にかりとあたしに笑って見せた。

「だって、そうしとけば叶った時にロマンチックだろ?」

向けられる、屈託のない微笑み。

「そう。じゃああたしも願い事を言っておけばよかったかしらね」

ちょっとだけ、
馬鹿にするみたくあたしが言ったら山本は笑いながら、
つないだ手のひらをぎゅっと握ってこう言った。

「へーき。ちゃんとおれ、黒川の分もお願いしてるから」

だから大丈夫だぜ。
そう、笑う。
まるであたしの願い事を
知っていたかのような口調で笑う、笑う。
ぱん、しゅうるるる。
最後の花火が消えて暗くなって、ずっと向こうまで吊された屋台の頼りない明かりだけが、山本の笑みをあたしの瞳に映していた。

「あたしのお願いしたいこと、あんた何か知ってるの?」

「うはは、さあ、なんだろ。知らねーな」

「‥‥あっそ」

「でもおれと同じお願いしといたからさ。心配しなくても、いーよ」

「ちょっと、なにそれ。意味わかんないんだけど」

「うはは。まあ、わかんなくてもいーの。それよりほら、もう終わったし帰ろーぜ黒川。ちゃんと家まで送ってくから」


ぶん、
と山本に大きく振られたつないだ手に、
あたしは渋い顔しか見せないよう努めてどうにか小さくうなずいて見せる。
ねえ、一体何をお願いしたの。
とまでは気安く聞いてしまえないのは、きっと下らない自己保身。
期待とちがう答えは知りたくなくて、傷つきたくはないからだ。
だけど、
汗で気持ち悪い手だって、やっぱりあたしははなしてしまいたくなんかない。
(願いは同じだったらいいのにと、願っているのに、)


「やま、もと」

「ん?なに、」

「あたし、なんか、今日は遠回りして、帰りたい」

「‥へ、あ、うん。りょーかい、しました」


ああ、
らしくない、らしくない。
自分にそう言いながらもびっくりした顔でぎこちなくうなずく山本がかわいくて、
あたしはちょっぴり笑ってしまった。
期待している答え以外なんか要らないし知りたくもない。
傷つきたくだってない。
だけれど、
汗で気持ち悪いこの手だって、
あたしははなしたくなんかないから、

(それだから、あんたもこの手ははなしたくはないと思って、
願っていてくれたりするならば、そうであるならば)
(あたしは今すぐにだって死んでもいいかな、とか、少し思ってしまえる程度には、あんたのことをいとおしく思っているんだよ、)

(ああ)
(やまもと、)

(その瞳の中にはあたしもちゃんと映っているのかなあ?)

もしも、今すぐ世界の終わりがやって来たとして。
そうだっても別に困ることなんてありやしないのだけれど、
叶うならばこの手はつないだままでいたい。
そうして、
あのはかなく散ってゆく花火を閉じ込めたその瞳の真ん中で、
あたしも漆黒の双眼に身をうずめて眠りたいよ、

「また来年も、いっしょに見に来よーな」

「、そうね」

小さく笑ってうなずけど、一寸先はまっくらやみ。
信じたい未来にたどり着くまで、あとどれくらい息を止めていればいいんだろう。
かんがえだすと滅入ってしまうから、
気持ちを切り替えようとあたしは山本の明るい口調に合わせて笑ってみる。

「願いごと、叶ったらいいわね」

「うはは。うん。そしたら俺たちずっといっしょに居られるから。ホント、叶ったらいーな。‥や、てか、別にそんなん自力で叶えてやるけどなー」

うはは、ははは。
山本が笑って、ぎゅっと指に力をこめる。
汗ばんで、気持ち悪くて。
だけどそれは泣きたくなるくらいに生ぬるくて、
やわらかい。
ああ、
だからやっぱり泣きたくなってしまって、
泣きたくて、
だけどがまんしてぐっとこらえる。
それから、ほんの少しだけ顔を歪めてばかじゃないの?
そう言ったら、
山本はやさしく笑いながらばかじゃだめ?
とあたしが映る黒い瞳を細めて腕を振った。

(ああ、もう、)
(全く、うるさいなあ)

(別にだめじゃないし、)

(でも、だから困りものなのよ)
(ばか、)

ぐるぐる、
頭の中で悪態吐いても結局やっぱりいとおしい。
だけど、だから、
叶うなら。
来年も二人で見られたらいいと、
いいのになあと、
そう、おもう。
そんなあたしがきっと一番馬鹿げているに違いないんだけど、

(ねえ、やまもと)

(だけどやっぱりどうしたって、)
(この手をはなさないでいてほしい)

(あたしは、おもうよ)

(あんたのことが好きだ、って、)




































ド リ ー 

ミ ン グ

 ア ワ ー



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