何を考えてるかなんて全然分からなくって(いや、実際どの人であっても本当のところ何を考えているかなんてさっぱり分からないのは至極当たり前のことではあるのだけれど)、何を言ってもこの人という人間は、本心をいつも見えないどこかへ巧妙に隠しているような気がするのだ。
だって、笑う顔はなんだかうそっぽいし、だけどきっとそんなことちゃんと分かって笑っているみたいで。
今だって、向かいの狭いテーブルに座って笑っていて、その笑みときたらそれはもう見事なほどにやさしいやさしい作り笑い、


「さっきからずっと不機嫌そうに見えますけど、何かありましたか?」

「‥そんなの、骸さんが目の前に居るからに決まってるじゃないですか」

「クフフ、これはこれは。いつも通りの反応でうれしい限りですよ」

「‥‥骸さんは、頭がおかしいんですか」

「おや、分かりますか?そうです、いかれちゃってるんですよ。それはもちろん貴方のせいで、ですけどね」

まるで、恋人のようにこの手を取って愛しげに撫でて見せて、女の子が憧れるしあわせな一瞬を瞳に潜ませたその隙のない微笑み。

(でも、作り物)

されるがままに放ってある自分の手には、やさしく触れるてのひらが確かに熱を伝えるけれど、意味もなく向けられ続ける笑みは必ずと言っていいほどにいつも焦点がずれていた。

「‥そうやって笑ってるのは、ハルと居て楽しいからですか?」

「ええ、まあ」

「ほんとに?」

「はい、ほんとに」

「‥骸さんは、」

「はい?」

「嘘をつくのが上手いのか下手なのか、わかりませんね」

「そうですか?僕はとても、嘘をつくのは下手だと自分で思うんですが」

言われて、ハルは眉間に皺を寄せながら顔を逸らした。
重なって温かい手に、きれいな瞳の赤と青、捉えきれない光彩の変化軸。
瞬いても揺れない視線は、やさしい作り笑いを色付ける最高の飾り細工だ。
だけど、それを向けられながら並べられる幾つもの言葉のどれがいいとも言えないのは、そこに自分が彼の本当を見いだせないからなのだろうか。
ああ、静かな硝子窓から外の音は聞こえない。
落下速度を上げた雨粒が絶え間なく網膜に縦に線を描いては消えるのをくりかえしている。
ひとつだけの明るい照明が、微睡むような色で雨の気配を遠ざけようとしているみたいに淡い光を落としている、


「‥雨、止みませんね」

「雨は嫌いですか?」

「いいえ、好きですよ」

「それは、僕よりも?」

「‥は?へ、変なこと聞かないでくださいよ、そんなの当たり前じゃないですか」

「はあ。当たり前、ですか、」

「そうです。ハルは骸さんより嫌いなものってあんまりありませんから」

「僕より嫌いなものがあるんですか?」

「例えばゴキブリとか」

「‥ひどいですね、僕はそんなに嫌われてたんですか」

「はい、大嫌いです」


唇を尖らせて言い切る。
けれど彼はひどいと口にするくせに、微塵もそんな表情を見せはしない。
そうして長い指は手に触れたまま、とろりと溶けそうに近い体温。
睨みつけても、返ってくるのは見知った微笑みだけ。

(う。)
(だから、嫌いなんです、この人は、)

睨んで睨んで、泣きだしそうな気持ちをおさえこむ。
あんなのはつくりものなんだからと、にせものなんだからと言い聞かせる。
だけ、ど。
そんなふうにやさしく見つめられてしまったら、もう、どうしようもなくなってしまうのに。
どうしようも、ないのに。
ハルが何を言おうが喚こうが、やっぱり彼は笑うのだ。
代わり映えのしない表情で、けれどやさしくてたまらない目をして。
どろどろとすべてを引きずり溶かしていくそれで、僅かばかりの抵抗さえなかったことにしていく。
なんてなんて、卑怯な、人。

(ああ)
(あなた、いったい、ひどいのはどっちだと思っているんですか)

ただひとつ、どこかへと沈んでいくように胸が苦しくなる。
それが彼を思ってのものなのか、扱いに困る感情を持て余して起こるものなのかはわからない。
ただ、自分はそんなものが欲しいというわけではないという、それだけは唯一確かなことだった。
窓の外では音のしない雨がリズムを刻むように飛び跳ねていて、それを横目に、ハルは肺をぎゅうと締めつけられた心地になる。
だから半ばやけくそになりながら、ハルは不機嫌な顔を崩さぬようにもう一度、大嫌いです、と呟いた。
彼は、
ゆうるりと笑う。

「僕は、すきですよ」

その、甘い誘惑に舌打ちをして、ハルは食べかけになっていたショートケーキにフォークを突き刺した。
いらいら、いらだち、腹が立ってしまうことにも腹が立つ。
この、うそつき、うそつき、大うそつき。
からかうのも全くいい加減にしてほしいと思う。
無言でケーキをぱくついても、なんだか全然美味しくなくて気分は最悪だった。
けれどやはり彼は笑う。
こんなハルの態度を楽しんでいるとしか思えないそれに、ハルはいっそ清々しいほどの悪態をつきたくなった、が、しかしここは我慢しておくことにする。
だってそんなことをしてしまえば、益々この男は機嫌をよくするに違いないのだ。
だから、そう易々と誘いには乗ってなどやらない。
いくら騙されやすいハルだって、彼を簡単に信じたりはしてやらないのである。





































虚 と 実



攻 防




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