「あなたなんてだいきらい、」

囁くようなか細さで吐き出されたその台詞に、僕は今日も安堵する。

(あなたなんてだいきらい、)

目の前の小さな口孔に言わしめて尚、自身で復唱すればその甘美な響きに思わず恍惚。
僕は夢を見るような心地に満たされながら、深い漆黒の髪を指ですくいあげた。
そして、嘘臭い笑みで彼女をぼんやりと見つめてやる。
すると、彼女は微かにきゅうと口をつむって黙り込んでしまうから、僕はいつだって益々笑みを深めるばかりになるのだ。
(うふふ、残念でした、僕はただその顔を見たいがためにだいきらいと君に言わせるよう仕向けているんだよ、)
だけど、そんな思惑さえ君は知らない。

「ありがとう。僕も君がきらいだよ」

誰のことをか、なんて、言わずともにこりと微笑めば知れたこと。
白く柔らかな首筋を上昇する指先に、伝う振動は怯えの震えではなく弱々しい血脈の収縮だった。
揺れる瞳の透度は高くて、どこまでも不思議な色が浮かんでいる。
それは嫌悪、あるいは憐れみ?
だけどもしそうであるのなら、毅然とした態度を装おうだなんてご立派だね。
見ていたらなんだか愉快でたまらなくなってくる。
だから僕は唇でゆうるりと弧を描くと、指先を彼女の唇上へ、さならがら狩りをする獣のように音もなく移動させてやった。

「ねえ、もっとちゃんとよく見えるように顔を上げてよ」

滑らかな肌ざわりは、少しでも離そうとすれば指に吸い付くかのようでなんだか僕に名残惜しさを感じさせる。
彼女は従順に、眉をしかめながらも顔を上げた。

「ふふ、ヨクデキマシタ、」

おどけてくるくる彼女の髪を指に巻き付けると、それは驚くほど指に馴染んで心地よく、僕の機嫌がよくなればなるほど彼女の表情は険しくなってゆく。

「ねえ、それにしてもユニのほっぺはマシュマロみたいだよね」

ふにふにと柔らかな皮を突いても、彼女の表情は微動すらしない。
(いいね、君はそうでなくちゃいけない)
だって、上機嫌な僕の鼻歌が響く部屋に招かれたお客様は彼女一人きり。

「ふふ、ほっぺ、おいしそうだから食べちゃいたいなぁ」

僕は綻ぶ口元の隠し方なんて知らないから、にっこりと笑いながら彼女の頬を柔く摘んだり爪を立てたり、白い肉を弄んで感触を楽しんだ。
彼女は不動、僕はゆっくりと舌なめずりをする。
だけどカニバリズムなんてそんな大層なものじゃない。
単に、僕は彼女が憂鬱そうに目を細めるのが見たいだけなのだ。
幼く熟れた唇や甘そうな頬に見とれてしまう理由も、きっとそれに起因する。
だからこれは持て余した暇を潰す、それだけでしかないお遊びで、

「ねえ、ユニ、僕にもう一回きらいって言ってよ」

髪を指で梳いて笑みを含む。
彼女は笑わない。
口も開かない。
だけども僕は彼女の声が聞きたかったので、ちょっとばかり考えてみた。

「じゃあ、ユニ、キスしようか、」

そんな、なんでもない提案。
けれど意外にも彼女に効果はあったらしい。
小首を傾げて言った僕の台詞は、彼女の丸い瞳をぱちくりとさせていた。

(あ、かわいい、)

思いながら、本当は冗談だったのだけれど、つい誘惑に負けて体は前のめりになる。
ふにり、それはマシュマロに似て非なる柔らかさで、僕はぼんやりと、珍しく憂鬱の影を忘れた彼女の瞳を見つめていた。
長い睫毛。
少しだけ顔を離すとよく分かるぽかんとした表情が、僕を愉快な気分にさせた。
ああ、ゼロに近い距離からならば、その先へ踏み出すのはきっとそう難しいことじゃない。
それだから、唐突に無理矢理全てを奪って剥ぎ取ってやりたいような狂暴な気分にもなったのだけれど、やっぱり、どうしてだか僕は彼女の憂鬱な顔を眺めるのがとてもとても好きだったので、それはどうにか堪えると、僕は一先ず、彼女の反応を微笑みながら待つことにしておいた。

























い た だ き ま す



ま だ 言 わ な い





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