熱いカップに伸ばされる、あの黒い手袋の中に隠された白い指先が好きだと思う。

「ジョーリィ、」
「‥なんだ?」

熱心に読み物へ注いでいる視線はそのままに、しかし返された声は穏やかで柔らかい。

「手袋、外してみて」
「‥‥手袋?何故だ」
「ちゃんと見てみたいから」
「‥別に、ちゃんと見る必要などないだろう」

素っ気ない平坦な返答、それを頬杖をついて聞きながら、ゆっくりと耳に馴染ませる。低くて、とても緩やかに響く声。台詞だけなら以前は突き放されたように感じていたはずなのに、今はとろりと甘やかすようにそれを受けとめている自分がいて不思議だった。
こちらを見ないジョーリィをじっと見つめていると、ふいに、くつり。ジョーリィが口の端を持ち上げる。
そうして、ちゃんと見てみたいから。
先ほど私が口にした言葉を反芻しているジョーリィの内心を眺めて、私は小さく首を傾げた。
顔を上げたジョーリィは、冗談めかして私と同じように小さく首を傾げて見せる。

「‥フェル、それで?」
「え?」
「この手をちゃんと見て、どうするつもりだったんだ?」
「、どうするつもりって‥」

特に、深い意味はない、そう表情で暗に伝えてみるものの、ジョーリィは更にゆったりと笑みを深める。
どこか悪戯めいたそれに、嫌な予感。
こちらの意図は伝わらなかったのだろうか、?
しかしそう考えて、私はすぐにかぶりを振った。
これはきっと、伝わったからこそ、何かがジョーリィの琴線に触れてしまったに違いない。
考えていると、手にしていた本を閉じて、ジョーリィは口元に笑みを残したままするりと手袋を外した。
それと同時に、こつ、こつ、と低い靴音を鳴らしながらこちらの方へと向かってくる。

「‥‥フェルは、」
「‥うん?」
「俺の手に、恋人らしく何かしてくれるつもりだったのかと思ったんだが‥」
「、ジョーリィ‥?」

椅子に座ったままの私の前へ、ジョーリィが片膝をついて跪く。
そして私の手をふわりと掬い上げると、こんなふうに、そう息だけで笑い、くちびるを手の甲へ落として、そっと目を伏せた。
ジョーリィ、驚きに親しみ慣れた名を呼んで、けれど触れる薄いくちびるは、手の輪郭をなぞるように離れてはまた触れて、じれったく指先へと楽しげに移動していく。
長い睫毛はサングラス越しに下ろされて、いつもなら意地悪く細められる瞳も今はよく見えない。

(‥‥どうしよう、)

肌をはむようにしながら動く浅慮なくちびるは、指を辿って親指、人差し指、中指、一つずつ形を覚えるように流れ、時折ちゅ、とわざとらしい音を立てていく。
少し力を入れれば解けそうなのに、その少しの力さえも入らなくて、私は、ぎゅう、と自分の眉間に皺が寄るのを感じた。
ジョーリィのくちびるが触れた場所から、じわじわと熱が広がっていくような錯覚に捕われてしまう。

「っ、ジョー、リィ、」

絞りだすように零れた私の声は、参ってしまったようにどこか弱々しくその場に響いた。
なんだか目の端や奥がひどく熱くてたまらない。
笑みを隠した俯き加減の酷薄な表情は、誰がどう見たって冷たいはずなのに、私にはそれが世界中の砂糖をひっくり返したみたいな、酷く甘いもののように思えてしまう。
(こんなの、卑怯だ、)
だって、この人の手のひらやくちびるは、こんなにも慈しむような温度で私にひたりと触れてくる。
リ・アマンティの力を引き出すまでもなく、溶けるように柔らな感情がそこにあるのだ気づいてしまえば、胸に熱いものが広がって息をするのも苦しかった。
クラクラして、まるで酸欠にでもなってしまったみたいだ。
私はたまらなくなって、自分よりも低い位置にあるジョーリィの額へ顔を寄せた。
そうして、ぎゅっと締めつけられる胸を押さえて、眉の辺りに口づける。
驚いたような表情で、ジョーリィが顔を上げた。

「、フェル、」

一言私の名を呼んで、ぱしぱしと意表を突かれた理性的な瞳は、私を映しながら静かに瞬いている。
それがなんだか少し可愛らしく思えて、私は思わず、小さく笑いながら呟いていた。

「‥仕返し、」

どこかうっとりとした響きを含む私の声。
それを聞いたジョーリィは、覗き込む顔を途端に苦笑いで染め上げた。
微かに喉をくつくつと鳴らして、緩やかに細くなる眼差しが強請るような色を乗せて私を射ぬく。

「なら、まだ足りないな。仕返しは倍返しにするのが相場だろう?」

囁いて、骨張った両手は私の顔を包み込み、熱っぽく色づいた瞳は、真っ直ぐに私へと向けられていた。
笑みを潜めた視線を合わせたまま、近付く顔はとても静かにブレていく。
重なる呼吸と、心音、。
それに誘われて素直に瞼を下ろせば、ひどく優しく、私のくちびるは熱いそれに塞がれた。
頬にひたと添えられた大きな手の中の、直に届く温もりが愛おしい。
眩暈のする幸せの中で私がゆるゆると微笑むと、余裕だな、揶揄るようなからかい声が耳の淵を擽って、けれどそれに返そうとした言葉は淡く啄むくちびるの奥へ奪われてしまうから、余裕なんかじゃない、と、私は上手く非難の声を上げることはできなかった。
















キスひとつで出来ること

title:魔女

20120824

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