自分の恋は、実らないようにできている。きっとそうだ。そうであるに違いない。
確信したヤムライハは、駆け込んだピスティの部屋で小さな子供のようによしよしと頭を撫でられていた。
他国からの賓客に仄かな恋心を抱き、何も行動に起こせぬまま細やかに過ごしていたヤムライハの甘酸っぱい数週間は、その想い人が仲睦まじく美しい女性と腕を絡めて歩いているのを見たちょうど一時間前に、脆くも崩れ去ったのである。
嗚呼、無情。
何度となく味わったこの、悲しみとも羨みともつかないぐらついた気持ちにヤムライハはほとほと嫌気がさしていた。

「‥ねえ、ヤムライハ。そういえばどうしていつも緑なの?」

机に突っ伏しながらしくしくとヤムライハが涙目に嘆いていると、ピスティはふいに丸い瞳を真っすぐに向けて、小さく首を傾げながら聞いてきた。

「緑って、ピスティ‥何のこと?」
「目だよ、目。分かるでしょう?」

ここ、と自分の目を指差して言うピスティは、自分だけではなくヤムライハの赤くなった目尻にも指先を向けると、悪戯でもするようにちょんとその場所を突いた。それに驚いて目をパチパチと瞬かせると、ピスティはおかしそうにくすくす笑う。しかし、緑が何を指しているのかが分かっても、ピスティが何を言いたいのかは分からないままだ。ヤムライハは考えるようにむむ、と眉間に皺を寄せた。

「‥ピスティ。どうしていつも緑なのって、どういうこと?」
「うん?ヤムライハが良いなと思った人は、みんな緑の瞳だったでしょう?」
「え‥?そう、だったかしら‥?」
「うん、そうだったよ?一人も欠けずに、みんな緑の目をした人だった!」

屈託のない笑みを浮かべるピスティの言葉を、ヤムライハは頷けぬまま、奇妙な心地で聞いていた。
だってそんなことには、全く気づいていなかったのだ。自分のことながら初めて知ったその事実を、自覚がなかったが故にすとんと受けとめてしまえない。
けれど、そういえば、とぼんやりした思考の中で、実らなかった過去の恋を振り返ってみると、確かにあの人も、この人も、どの人も、容姿や性格は違えど皆一様に澄んだ緑の瞳をしていたように思えてくる。そうしてそれは意識していなかったとは言え、人をよく観察しているピスティが言い切るのだから、はっきりしない記憶でもきっとその通りなのだろう。

「でも、何で緑なのかしら」
「緑が好きなんじゃないの?」
「え?うーん‥別に嫌いなわけじゃないけど‥」
「じゃあ、嫌いじゃないなら、好き?」
「まあ、どっちかと言えば‥‥そうね。好きかしら」
「うんうん、そっか。緑って、綺麗な色だもんね」

考え込むヤムライハに、ピスティは頷くとぐっと身を乗り出して笑顔になる。その顔がどこかわくわくしているように見えるのは、ヤムライハの気のせいだろうか。

「ねえ、ヤムライハ。それじゃあシャルルカンは?」
「‥は?な、んでいきなりシャルルカンが出てくるの」
「だって、シャルルカンも緑だよ?」
「ピスティ。緑だろうがなんだろうが、シャルルカンの時点で論外よ」
「本当に?」
「‥当たり前でしょ。願い下げだわ」
「何で?」
「あのね、何でも何もないの」

だって、あのシャルルカンなのよ?そう、心底嫌そうな顔でぐったりと言うヤムライハに、ピスティは難しい顔で腕を組む。

「うーん、二人して自覚がないんだもんなぁ‥」
「‥ピスティ、それ何の話?」
「え?ああ。シャルルカンは、青が好きなのになぁって話だよ」

にっこりと笑うピスティに、ヤムライハは怪訝そうに首を傾げた。ピスティは羽が生えているみたいに話が時々あちこちへ飛んでいくから、それについて行けなくなってしまうことがある。今のも、一体何が言いたかったのかヤムライハにはさっぱり分からなかった。真意を考えながら、ピスティの含み笑いに引っ掛かるものを感じたヤムライハは、じと目でピスティと無言の睨めっこを開始する。
‥が、しかし。少ししてそれも適いやしないと、ヤムライハは早々に諦めてしまうことにした。どんなに必死に探ってみたところで、こんな時のピスティの考えなど、今まで当てられた試しがヤムライハには一度としてないのである。
(ああ、もう、本当に、それにしたって。どうしてこうも私の恋は上手く行ってくれないのかしら、)
考えながら、ヤムライハはため息混じりに目を伏せた。その答えを知っているかのように苦笑うピスティは、どんよりとした空気を纏うヤムライハを慰めるように、滑らかな水色の髪を何度も梳いていく。

「はーあ、ホントまったく‥二人ともいい加減に早く気がつくといいのにねぇー‥」

少しだけ疲れたように響いたピスティの呟きは、ぐすぐすと鼻を鳴らすのに忙しいヤムライハの耳には届かない。それに短く息を吐き出すと、ピスティはテーブルの上に遊ばせていたとっておきの甘い果実酒へ手を伸ばした。それをとぷとぷと杯に注いで、ヤムライハの手に銀色の美しい飾りのついた持ち手を握らせてやる。

「あーもう、ほらほら、泣かないで。きっとすぐヤムライハにピッタリな人が見つかるよ」

にっこり笑ってピスティが断言すると、ヤムライハはのろのろと顔を上げて赤くなった目を細めた。それから少しだけ、困ったように笑い返して果実酒に口をつける。ひりり、泣いたヤムライハの喉に果実酒は焼け付くように熱かったが、甘い華やかな薫りが口の中で一気に広がり思いがけず驚いた。美味しい。そのおかげか、やっと涙が止まって来たような気がして、ごくり。更にもう一口、とヤムライハは杯を煽る。

「‥ねえ、ピスティ。私にピッタリな人なんて、本当にこの世に存在するのかしら、」
「うーん、そうだねぇ‥私は存在すると思ってるし、そういうのは案外、すっごく近くに出会いがあるのかもれないよ?」

ヤムライハが皮肉混じりに苦笑いで呟くと、悪戯を企むように目を細めたピスティはわざとらしく肩を竦めて微笑んだ。しかし、その笑みもやはり、ヤムライハには何を意図するものなのか皆目見当がつかない。だって、そんな出会いが身近にあるというのなら、とっくに自分でも気づいていたってよさそうなのに。思えど、そんなヤムライハを見つめるピスティの笑みは少女めいた色で楽しげに輝き、けれどそれはどこかひどく優しく、ヤムライハにゆるゆると向けられ続けるのだった。



















端っこの秘密


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