おはなし | ナノ






「‥あー、また玉葱のこしてる」

ほとんど食事が終わりかけた頃、正面に座る彼の皿の中を見たあたしはため息混じりに声を上げた。
すると、わざとらしくとぼけたように彼は首を傾げて悩んだような顔になる。

「‥‥あれ?おかしいっすねえ、さっき食べたはずの玉葱が何故こんなところに‥‥はっ!?まさか次元の歪みがこの皿のどこかに出来ていて食べても食べてもその歪みから現れる玉葱は減ることなく延々とこの場所に居座り続け、」

「はい、嘘、真っ赤な嘘。妄想。願望ね。誤魔化そうとしたってそれ全然誤魔化せてないんだから、もうさっさと観念して残さず全部食べること。いい、分かった?」

大げさな仕草で意味の分からないことを言いだす彼にあたしは躊躇することなく半眼で言い放った。
彼がガックリ肩を落とす。

「‥‥なんか、日に日に態度が厳しくなってってるように感じるのはおれの気のせいなんすかねえ‥前は『嫌いでも少しでいいから食べて欲しいの。ね?がんばって!』って可愛く応援してくれてたのに‥‥いつの間にやら気付けば『残さず全部食べること』なんて冷たく言わる有様‥‥」

「‥もう、ぶつぶつ言ってないで返事は?」

「‥‥はい」

あたしの声真似混じりにさめざめと独り言を零す彼のそれはわざとなのか天然なのか――あたしには分かりかねる部分だったが、甘やかすのは良くないと自分に言い聞かせる。
だって、好き嫌いしてばかりでは栄養面的にもよろしくないではないか。
だからまずは玉葱、そして次はピーマンだ。

「‥‥‥‥‥」

「‥って、そんな泣きそうな顔しなくても‥」

一気に口に詰め込んだ玉葱のスライスを無言で頬張る彼の顔は、苦しみとも悲しみともつかない色に染まり目の端には涙がじわりと滲んでいた。

「‥‥‥っ、う、水‥!」

「はいはい、どうぞ」

全て咀嚼したらしい彼が机に突っ伏して助けを求めるように片手を伸ばして来たので、しっかりその手にコップを持たせてやる。
するとものすごい勢いで体を起こし、彼はコップの水をこれまたものすごい勢いで飲み干した。
そしてしばらくその体勢で固まっていたかと思うと、ゆっくりと体を前のめりにして再び机にもたれかかる。
そんな様子を仕方ないなあと内心笑いながらあたしは、台所へ移動して空になった二人分の食器をシンクに置くと、冷蔵庫の中から小さな箱を取り出し小皿とフォークを二人分用意する。

「ほらほら、無事完食できたんだから。ねえ、ちょっとほら、顔あげてよ」

「いや、もう‥もう‥おれはだめなんすよ‥こんなに大量にあの毒草を摂取してしまったんすからあと数時間もすればこの三次元とお別れなんす‥‥ん?あれ?待てよ、つまりあと数時間もすれば二次元世界へ旅立つこともある意味不可能とは言えな、」

「うん、大丈夫、そこは全力で不可能だし玉葱ごときで死なないからね。あとそれにもし玉葱が毒草ならあたしも一緒に死んじゃうからね」

はっきりと冷静に突っ込み、箱の中身を取り出して皿の上に移動させる。

「違う、違うんすよ、おれにとって玉葱は毒草となり得てもおれ以外には毒草じゃなく薬草的な効能があったりなかったりだとか、まあ、とにかく属性が違うから得意なものと苦手なものが設定によって違うわけでつまりおれはあと数時間の命という‥」

「うーん、なんか分かるような分からないような。‥ん、まあいいや。ねえ、それよりほら、ほらほらほらー、顔上げてよ。ね?はい、お疲れさま、それから――おめでと」

「、え?」

あたしの言葉につられたのか、自分の真ん前にカタンと置かれた何かにつられたのか、はたまたその両方なのだろうか。
彼は間の抜けた声と同時に顔を上げると、きょとんとした風情で小さく呟いた。

「‥ケーキ?」

「うん、ケーキ。この間のホテルの大きなイベントで、これからの企画も是非、って契約もらえたって言ってたでしょ?‥だから、お祝い」

「‥‥‥‥‥‥」

「‥あ、えっと、ごめんね、ホントはもっとちゃんとしたのが買いたかったんだけど‥あたし今月きつくてこれしか準備できなくて。うん‥あ、でも、でもね、先月ヘアピンとか小物類の発注が結構入ってきたから来月の頭には余裕できるはずだしその時にもう一回ちゃんとお祝いしようって思ってるんだよ?だから今日は、その、間に合わせで‥申し訳ないんだけど」

反応の薄い彼に、失敗したかなと焦ったあたしは少しずつ早口になりながら、顔を下へ下へと俯かせていった。
ああ、格好悪い。
不安定だった彼の氷彫刻師としての仕事が、せっかく安定した形になるだろうというめでたい話だっていうのに‥小物やアクセサリーを取り扱う自分は職人としてはまだまだ駆け出しで、金銭的に余裕もあまりなく恋人を満足に祝うことも出来ない。
本当に、なんて自分は情けないんだろう。
そんな責めるような心地であたしは、自分が買ってきた苺の乗ったショートケーキをじっと見つめていた。
と、しかしふいに視界の中に彼の手が入り込んで来た、と認識する前にそのてのひらが頬に触れて、自然、上がったあたしの視線は彼の視線と交わる。
少しだけ体を起こした彼は、私に向かって小さく微笑んでいた。

「‥なんで、そんな顔するんすか。十分っすよ。いや、十分すぎるくらいっす。おれ、こんなに心の底から嬉しいって思ったの初めてなんすからね?‥っあーもう‥はは、なんかホント、おれ‥嬉しすぎて一瞬言葉にならなかったくらいなんすよ、分かってます?」

そう、彼が優しく言ってくれる。
頬に添えられた手が温かくて、どこまでも彼のてのひらだったから、それがたまらなく私をどうしようもない気分にさせて涙が滲んだ。

「‥ごめんね」

「あー‥だから、なんで謝るんすか。おれの分のケーキの苺を譲渡するんで、泣きそうな顔するのはなしっす」

「‥じゃあ、いらない。嬉し泣きさせてくださいよダーリン」

言って瞬いた瞬間、フライングした涙が目から零れてしまい彼が盛大に眉尻を下げる。
そして慌てたように席を立つと、あたしの前まで来て両手を広げた。

「‥もう、泣くならおれの胸でお願いします」

その困り果てたような声に、少しだけあたしは笑ってしまう。
そうして笑い泣きしながら彼に抱きつくと、宥めるように背中や頭を撫でられた。

「‥‥‥うん。でもね、やっぱり、こんなにガリガリなのは‥好き嫌いが多いからなんだとあたし思うの、」

「‥‥ん?‥んん?あれ、いやあの、なんかせっかくいちゃらぶな感じになったのにその話題に戻るのはなんでなんすか、え、え?」

「‥だから、明日からは、もうちょっと工夫して食べやすくアレンジしてみる。あたし、頑張るから」

「‥‥‥おれはそれ、喜ぶべきなのか嘆くべきなのか‥‥まあ、喜ぶべきなんすよね‥はい、ありがとうございます‥おれも頑張るっす‥」

「‥ん。あと仕事も頑張る。売り込みとか、もっとやって商品置いてもらえるお店増やす。ネット販売も宣伝しないと、」

「‥けど一気にやって前みたいにパンクして自分が倒れちゃ意味ないんすから、徐々に、ペース掴みながらっすよ?」

「‥うん、分かってる」

頷くと、あやすようなてのひらは何度も何度もあたしを撫でて、ゆっくりと気持ちを落ち着かせてくれた。

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そろそろ、ケーキ食べよっか」

ぽつり、そして唐突にあたしがわざとなんでもない調子に言うと、彼は微かに笑ったようだった。

「‥そうっすね、じゃあ、食べますか」

体を離すのはなんだか名残惜しいような気もしたけれど、こういうのはタイミングを逃すとなかなかに気まずい思いを味わうことがあるので早めの対処をしておかなくては。
先ほどまでと同じく、あたしの正面に彼が腰掛けて嬉しげにフォークを手に笑う。

「‥この度は、まことにおめでとうございます」

「いやあ、どうも、そんな。恐縮です。ありがとうございます」

かしこまったようにふざけて言い合い、二人してショートケーキをまず一口。
そうして、美味しさに頬を緩めてもう一口、と思いかけたあたしの前にひょいとケーキの乗ったフォークが何故か差し出され。

「‥‥え、なんでなんで、いや待って、しないよ?あーんとかしないよ?それにこの場合あたしがするなら分かるけど‥なんであたしがされる側なの」

「なんでって、そりゃあおれがしたいからっすよ」

「‥いや、それはそうなんだろうけども」

「はは、ほら、遠慮しないでパクッと一口食べて、おれにケーキ食べて幸せそうな顔してるのを見せてくださいよ」

「‥う、やだ。これ以上食べたら太るしいい」

「まあ、まあ、そう言わず。‥って、あ、いや、別に買ってきてくれたケーキを食べたくないとかそういうわけじゃないんすよ?おれもショートケーキ好きですし‥まあ、なのでそこは勘違いせずおれのためにケーキを食べてもらいたいんすけど、」

「っあーもう、だから食べないったら食べない」

「‥けち」

「ばか」

つんとした態度であたしが言うと、彼は伸ばした手を渋々戻してフォークの上のケーキをしょんぼりと自分の口に運んだ。

「‥まあ、でも別にいいっすよ。おれ、好きなものは最後に食べるタイプっすから。今までもったいなくて残したままにしてたんすけど、今日はもうそれを確実に食べるって今決めたっす」

唇を突き出し拗ねたような口調の彼にあたしは首を傾げた。

「今日まで残してたって‥?え、ていうか嫌いなものを最後に派じゃないの?」

「ああ、なくはないっすけど‥あれ?知らなかったんすか?おれ、結局毎回手はつけないでおいてますけど‥いつも好きなものは最後に残してるじゃないっすか」

「だって、今日も玉葱残してたのに」

「いやいやいやいや、まだ、ちゃんと残ってるじゃないすか」

そうおかしそうに笑われても、意味が分からなくてあたしは顔をしかめてしまうばかりだ。

「‥ケーキ‥?いや、苺?」

適当に思いつくものを挙げても、それは今日サプライズで用意したものだし、やはり違うのだろうということは彼の楽しげな表情を見れば一目瞭然。
そうしてそんな彼は、本気で分からないあたしが面白いのかひとしきりクスクス笑うと、ゆっくりあたしを指差しおどけたように口を開いた。

「いやあ、だってほら。今おれの目の前に大好物、あるじゃないっすか。ケーキを頬張ってる可愛いハニーが、‥なんて?」

にっこり、そう言った彼の言葉の意味を一拍の間の後に理解出来したあたしは、盛大にむせた。
そうして、いろんなものに耐えながら、どうにかこうにか声を絞り出す。

「‥‥‥‥‥そういうの‥‥言ってて、恥ずかしくない?」

ああもう、なんだか、違う意味で泣きそうだ。
変なふうに顔を歪めたあたしの問いに、彼はさらりと笑って答えた。

「いや、これが意外と全然恥ずかしくないんすよねー‥自分でも驚きっす。でも、本当にそう思ってるから納得といえば納得なんすけど」

そう、なんでもないことのようにケーキをぱくついて、笑う。
にこにこ、にやにや?
そのどちらにも見える笑みをしかめっ面でじとりと見つめてあたしは一言、

「ばかじゃないの」

むず痒くなるような感覚を誤魔化すために、素っ気なくそう呟くだけで精一杯だった。


























好きなものは最後に食べるタイプ




愉快様に提出

(ゆまっちの好みその他捏造失礼しました‥!)






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