おはなし | ナノ






眠い目を擦りながらあたしは歯を磨き、洗面台に寄りかかる。
さっきまでパソコンで作業をしていたせいか、ひどく瞳の奥がじんとして痛かった。
もう少し起きて彼を待っていようかと思っていたけれど、さすがに今日はもう限界だ。
濡れたままの髪を乾かすのすら面倒なくらいのだるさに加えて、なんだか頭痛までついてきそうな目の痛み。
明日は仕事が休みだからと、だいたい23時に就寝しているところを頑張って0時まで粘ったのだけれども、毎日の生活習慣のおかげで瞼は重いしぼうっとする。
頭が軽くカクンと船を漕ぐように前に傾きかけ、このままここで寝てしまいたいなどと馬鹿なことを考えだす始末。
ぐらぐらする頭と思考を抱えて、コップに手を伸ばしどうにか口を濯ぎ、ああ次は髪の毛を乾かさなくてはと憂鬱になる。
ドライヤーに手をかけてスイッチをオン、ぶおおおん、そう特有の音が響くと同時に、あたしはふと玄関がガチャンと音を立てた気がして頭に温風を当てながら首を傾げた。

「ん?帰ってきた‥かな?」

確かめようと、ドライヤーを可動させたまま洗面台前からすぐ近い玄関を確認しようとのそのそ体を動かす。
すると、玄関を覗き込む寸前でいきなり目の前に壁が現れ、そうしてそれは躊躇することなくあたしに覆い被さってきた。

「っ、わ、びっくりした」

「‥‥‥‥‥‥」

言いながらも、眠かったせいか余り言葉ほどにはびっくりしなかったあたしは、のしかかるようにしてあたしを抱き締めてくる壁、いや、彼をどうにか抱き留め行き場に迷う手でとりあえず彼の背を撫でてみることにした。

「‥‥‥‥‥‥」

「‥‥なんか、その様子だと‥大変だったみたい、だね?‥お疲れさま。あと、お帰りなさい」

「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥、ただいまっす」

ぐりぐり、肩口に顔を埋めて、甘えるようにぎゅうと強く抱き締められる。
今日は、彼が契約を結んだホテルでの契約後、初となる氷彫刻の依頼があった日だった。
数体の彫刻を作らなくてはならないから、少し疲れそうだなどとぼんやり零していたし、やはりかなりの重労働だったのだろうか。
もたれかかってくる体を支えるのは結構な力を要するのだけれど、どうにかそれは気力で補うことにして小さな子にするようにあたしは彼の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
すると、肩口に顔を埋めていた彼がふっと体を起こした。
かと思ったのも束の間、あたしの首には何故か彼が噛りついていた。

「っう、いたっ‥‥くはないけ、ど‥‥え、えええ!?」

ぱしぱしと両手で軽く彼を叩いてみるもその返事なのか首には彼の唇の感触が軽く当たるだけで、眠気に襲われていたあたしは一気に目が覚める。

「ちょ、え、何、ど、どうしたの、」

「‥ん、なにがっすかあ?」

「なんか、変!」

「そんなことないっすよー?おれは至って素面でせいじょーっす」

「‥‥‥‥いや、てゆうか、なんかお酒臭い‥‥よね?」

「あー、うんうん、あはははは、打ち上げ断れなくてちょっと飲んじゃったんすよねえ」

「や、それちょっとじゃないでしょ」

「いやあ、少しっすよぉ?」

「うそつき」

「えーうそじゃないっすよぉー」

言い合う間も、抱き締めて離してくれない彼はあたしの肩や耳にまで口付けを落とし始めてくすぐったい。
身を捩って逃げたくても、細腕のわりに強い腕の力で抱き寄せられて適わない。

「もう、ちょっと、くすぐったいってば」

「んー‥」

「こら、この酔っぱらいめ!」

「酔ってないっすよー‥あー、いい匂いがする‥」

「そ、そりゃまあお風呂上がりだから‥」

「‥舐めたい」

「‥‥‥え‥っ、はあ!?、て、う、わきゃあ!?!」

彼のトンデモ発言に驚き、更に彼のスピーディーな有言実行にあたしはいろんな意味で悲鳴をあげた。
腰が抜けてその場にへたり込んでしまいそうだ。
素面なんだかそうじゃないのだか、正直言うとどちらもあまりやってくることに変わりはないと思ったけれど、あたしは彼の腕の中で涙目になりながら無駄な抵抗を試みた。

「す、ストップ、酔っぱらい!!」

「ふはははぁ、残念でしたーまことさん。酔っぱらいはね、急には止まれないんすよー」

「ひ、ぎゃわぁ!?‥っ、う、ね、ちょ、てかもしかして‥酔っぱらってるフリしてるだけ、なんじゃ、」

ああそれとも、一時的に正気に戻ったりしているだけなのだろうか、わたつくあたしは彼の通常運転な発言に目を回す勢いで吃りながら言った。
すると彼はふわふわりふわふわる、先ほどからの浮ついた調子で少しだけ首を傾げると、どこか意地悪げに笑った。

「‥さあ、一体どちらでしょう?」

なんて言ったくせをして、それを考える間なんか与えてくれやしないのだ。
正常、異常、ふわふわるふわふわり。
真相は彼のみぞ知る、である。
再び抵抗を要されることになったあたしは、結局最後には彼に根負けしてしまうのを見越して、せめて明日が休みでよかったなあとぼんやり頭の隅で考えるだけだった。




















君の唇が落ちてくる




title:にやり



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