ブリリアントカットにしたくって
「どうします?」
美容師さんは鏡ごしに聞く。私もお店に入った時はヘアカット集のドッグイヤーをしたページを見せる気でいたのに、椅子に座り本を出した瞬間に決心が揺らいだ。
「似合うとおもいますよ。」
「そ、そうですか?」
「顔の形もピッタリだし。」
うまい口にのせられた私は、二時間後ドッグイヤーのモデルと同じ髪型になっていた。前髪は少し重めのショートカット。
二時間前に開けたドアをまた開けた時、いつ会うかわからない佐藤君の事をむわむわした夏の空気を感じながら考えて心臓がばくばくした。可愛いなんて、言われたら…。想像は自由だから止まらなかった。
結局、週末もじもじしながら外出したりしたのに佐藤君にはあわなかった。よくよく考えてみれば、部活なのだ仕方ない。夏服に腕を通して、全身鏡で確認する。朝練が終わるのが8時だから、なんて実際なんの計算の意味にもならない事を思う。
「髪切ったのー?似合う!」
「あ、ありがとう!」
教室に着くと、クラスメートが声を掛けてくる。時間は7時50分、窓を覗くと野球部のユニフォームの人が小走りで部室に向かっている。私は足浮く気持ちで自分の席につき、隣の席の空白を感じながら教科書らを机にいれたりだしたりする。
私がペンケースの中身を全部出した頃に、佐藤君が教室に入ってきた。私は混乱した頭で、まずはじめに一番お気に入りのシャーペンを掴む。それから、同じ手で夏服をあおぐ。席は窓際の前から二番目、クラスメートの佐藤君に向ける挨拶の声の近さを背中越しにチェックをいれながら、素知らぬ振りをしようと思ったのだ。時計は8時20分を指していた。ホームルームまで、あと10分。
クーラーは私が教室に入る前からついていて、かれこれ30分近くいるから腕は冷たい。なのに、心臓が不規則に動いて目がきょろきょろしちゃって、どうしてか体が熱い。
ガタッ
「おはよう、山田さん」
「お!おはよう!」
ひやり、くちびるにあてたシャーペンのヘッドが冷たい。目は合わせないから、視線がわからない。私はうまくごまかせたかな。
「髪の毛、きったんだね?」
「うん…。うん」
どうかな?なんて聞けない。だけど、頭は言葉を繋げてほしくて頷き続けてしまう。
「山田さんに似合ってる。」3日間、ずっと聞きたかった人からの言葉。思わず机も動くほどに体がはねる。佐藤君は至って爽やかにその言葉を交わした。それで、向けた視線に映ったのは後光をうけたかのような太陽を背景にした佐藤君の爽やかでいやらしくない笑顔。
「佐藤君は、ショートカットは好き?」
「特には。」
胸いっぱいに期待して問いかければ、これまた嫌みのない口調でそういうものだから、すっかりマッターホルンから落とされた小さな小さなダニ位の落差で気持ちが沈む。
それから特に言葉を交わすこともなく、担任がきてホームルームがはじまる。私は一時間目の教科書を出して、予習をはじめる。
「しゃくれてるよ。」
「佐藤君のせいだよ。」
「僕もしゃくれる?」
「……。」
そんな冗談にのるほど、優雅な気持ちじゃないのだ。
「なんちゃって。」
「ごめん。」
「ん?」
佐藤君があまりにも、可愛くそんな事をいうから偏屈な自分との差を感じて謝ってみればなんでといわんばかりに佐藤君は疑問符を浮かべて 罪悪感さえ思う。
「髪型に好みはないけど…」
佐藤君が話し出す。
「山田さんにその髪型が似合ってると思ってるのは本当だよ。」
大好きだ。
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