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ザバーン。ザバーン。浜辺で腰を下ろして海を眺めている少女が一人。波は飽きもせず、引いては押し寄せ引いては押し寄せと同じ動きを繰り返す。そして波のうねりは地平線の先までずっと続いている。単調で変わらない景色。それでも目を奪われずにはいられない。空の色が映るように海は同調をする。なんとも幻想的だ。人々が空や海に見惚れるのは、自分の手が届かないものだとわかっているからだ。手に入れることは決して無いとわかっているから。だからこそ憧れ、目を奪われるのだ。


「ほんと、ちっぽけだなぁ」


この壮大な世界から考えれば、自分の存在など小さなものでしかない。なのに必死に足掻いて、足掻いて、生きようとしている。もしこの世界を司る神がいたとしたら、実に自分は滑稽なのであろう。だったらこの海に身を委ねた方が良いのではないかと思える。ただ、何も考えずに…ゆらり、ゆらりと。


「飽きねーのか。ずっと海見て」


波の音しか聞こえない空間の中での新たな低い声。彼の銀髪も海と同じように空のオレンジ色に染まり、キラキラと輝いていた。獄寺はストンと舞の隣に腰を下ろし煙草を咥えた。磯の香りに混じって紫煙が鼻腔に広がり、幻想的な雰囲気から現実に戻されたような気分になった。


「飽きないよ。空と一緒」
「お前、良く見てんもんな」
「空はね、私にとって異世界だから。全てを忘れさせてくれるの」


獄寺は、なんだか怖いと思った。双眸に映るのは舞と空と海。それらに彼女が呑み込まれてしまうような、消えてしまうような儚げな雰囲気を感じ取ったからだ。


「でもね、逆に星空は嫌いなの」


その言葉と共に獄寺の頭に思い浮かんだ。星空の下で煌めく粒を目から流す舞の姿が。


「星空だって、同じ空じゃねーか」


舞は緩慢に瞳を閉じて首を横に振った。確かに星空だって空ということは変わり無い。けど、違うのだ。舞にとっては。彼女は瞳を開けると地平線の向こうを見つめた。


「昼間の空は私を癒してくれる。全てを忘れろって。でも、星空は違う。…突きつけて来るんだよ。私に現実を」


幻想と現実は表裏一体。現実があるからこそ幻想が存在し、幻想があるからこそ現実が存在するのだ。しかし、隣り合わせであるが全くの別物。先程の磯の香りと煙草の煙のように。二つは混じり合い人を惑わすのだ。


「星のひとつひとつは私にとって、人のように思える。満天に輝く星空。そんなに沢山の人で世界は溢れているのに、私は常に……一人だ」


駄目だ。獄寺はそう思った。捕まえていないと彼女はいなくなってしまうと感じたのだ。まるで直ぐに姿を消してしまう流れ星のように。獄寺は何処かに消えてしまいそうな舞の手に自分のソレを重ねた。


「俺が離れねーって言ってんだろ。お前は一人じゃねぇ」


舞は重ねられた手を絡めるようにして、獄寺の指の間に自分の指を入れた。そしてやっと海から視線を獄寺に移して口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「うん。そうだね。獄寺は此処にいる。だから今は一人じゃないよ」


ありがとね。舞は絡めた手に力をギュッと込めた。感謝の言葉が伝わるように。それだけ自分が獄寺に心を軽くして貰ったかを伝えるように。


「星空は見るといつも悲しい気持ちになった。けど…獄寺とだったら素直に綺麗って思えるかもしんない」


目を細めて幸せそうに笑う舞は綺麗で獄寺は夕焼けのように頬を赤くした。これが自分だけに向けられている笑顔だと思うと物凄く嬉しかった。今まで抑えていた気持ちが募るようだった。


「なあ」
「なあに?」






「俺が…お前を好きだって言ったら、どうする?」


その言葉に舞は目を見開いた。獄寺も心臓を大きく弾ませながら舞の言葉を待つ。二人の間には沈黙が流れ、波の音がやけに大きく聞こえた。そして緩慢に彼女は口を開いた。


「ふふっ。そんな口説き方、最近じゃドラマでもやらないよ」
「はっ!?」
「いくら海辺の二人っきりだからってベタ過ぎ」

「(何言ってんだコイツ!?もしかして、冗談って思ってんのか?)」


獄寺が言ったのは勿論、冗談ではない。本気で舞のことが好きで言ったのだが、舞の返しがあまりにも軽かったので獄寺は焦った。


「お、おい。冗談なんかじゃ」


冗談なんかじゃねぇ。そう言おうとしたが、舞によって遮られた。


「冗談じゃない、よね?」


上目遣いでジッと見られる大きな瞳に獄寺の胸はドキっと高鳴った。そして「あ、ああ」と益々顔を赤くしながら告げた。すると舞は口元に弧を描き朗らかに笑う。


「獄寺がそんなこと冗談で言わないのもわかってるよ。でも、やっぱり獄寺はロマンチストだね。海辺ってとこが…」
「…うっせ」


舞がまるで面白いかの如く笑うので、獄寺はそっぽを向いて小さく悪態を吐いた。それでも二人の繋がれた手が離れることはなかった。


「で、テメェはどーなんだよ」
「私はね、獄寺のこと好きか嫌いかって言われたら好き。だけど……それが恋なのかはわかんないや」
「オメェは、わかんねーばっかだな」
「だって素でいていいって言ったの獄寺でしょ?私はありのままの気持ちを言ったんです!」
「そうかよ」


獄寺の欲しい返事ではなかった。それでも獄寺の心は満たされていた。だって告白を断られたわけではないのだから。今はまだそれでいいと思った。今はまだ、自分が追いかける形で。


「獄寺」
「んだよ」


舞が獄寺を呼ぶと彼はやっと此方を振り向いた。そして少し頬を赤らめながら言葉を告げた。


「これから、獄寺のことちゃんと考える。だから……待っててくれる?」
「オメェから離れねーって言ってんだろ。それが答えだ」
「もう、素直じゃないなぁ」


舞はクスクスと笑った。獄寺も少しだけ頬を緩めた。また、少しだけ二人は前に進んだ。それがお互いに嬉しかった。二人のペースで良い。ゆっくりと足並みを揃えて行けば良いのだ。浜辺で海を眺める二人の男女の影はただ寄り添うように真っ直ぐに伸びていった。



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