何か裏がありそうなこの勝負。初めは皆、反論の意を唱えていたが「面白そーだな」とパオパオ老師ことリボーンが勝手に承諾してしまいやることが決定された。勝負内容は、向こうに見えるたんこぶ岩を泳いでグルっと周ってくるというもの。泳法は自由で3本中2本先取で勝ちが決まる。
「んじゃ俺、一番手に行くぜ」
「3本目は10代目頼めますか?」
「えーー!俺もー!」
既にツナ以外の皆はやる気十分。これはいつものことだが、今回はいつも以上にツナの気分は沈んでいた。ツナは一応は泳げるようになった。しかし海で泳げるかはまだわからないし、相手は仮にも海のプロ。自分が勝てる見込みなど少しも見出せないのだからやる気も起きる筈が無い。本当ならやりたくない。だが京子の手前、勝負を放棄することはできなかった。ツナが心の中で嘆いているなか、舞は獄寺に話し掛けた。
「獄寺。あんなバカ男達に負けないでね」
「あったりめーだろ。あんな奴等になんか負けねぇよ」
ツナを馬鹿にしたのだからそれ相応の仕返しをしなければ舞の気は収まらない。けど今回は水泳勝負。泳げない舞は何の役にも立たないことが歯がゆくて溜まらない。だからこそ、獄寺に仕返しを頼んだ。これも一種の彼女なりの甘えなのかもしれない。
「わっ」
いきなりのことで思わず声が漏れる。獄寺が舞に自分の着ていたシャツを投げたのだ。
「それ着て待ってろ」
ただ、その一言だけ言って獄寺は海の傍へと歩いて行った。遠ざかる獄寺の背中を舞はジッと見つめた。そして、獄寺のシャツを羽織ると獄寺の匂いが香ってきてなんだか彼に抱き締められているようで少し顔を赤く染めるのであった。
ーー…数分後。
勝負が始まり、第一泳者である山本が泳いで行った。流石に野球部で鍛えているだけあって、相手の男よりも山本の泳ぎは早かった。それを見てツナ達は歓喜する。だが、先に泳いでいたのは確かに山本であったのに先に帰って来たのは山本ではなかった。しかも姿する見えないのだ。
「あれっ!?山本が帰ってこない!」
「な!?」
「武君どうしたんだろ?」
ツナ達が心配している他所で男達はニヤニヤと何か企んでいるような笑みを浮かべている。それを舞は見逃さなかった。
「獄寺。気をつけて」
「ああ。わーってる」
獄寺は真剣な眼差しで海を見据えた。そして、第二泳者の番が始まり泳ぎ始めた。男とは互角の戦いで京子とハルが「がんばれ!」と応援の声を上げる。ただ、舞だけは不安気に瞳を揺らした。……結局、舞の心配も的中し獄寺も遂には帰って来なかった。
「ん〜?お前ら第二泳者も足つったのか?」
「(あやしーっ。ぜってー何かされてるー!)」
「(汚い手でしか勝つ事ができない卑怯者め)」
流石のツナも二人とも帰って来ないとなると男達が卑怯なことをしていると理解した。舞は湧き上がる怒りが今にも腹の底から爆発しそうだった。大切な人達を傷つけるものは誰であろうと許せない。そして次はツナの番だ。男達がツナに何もしないわけがない。最後の勝負が始まる前に目の前にいる男を潰そうと思ったが、獄寺達の状況がわからない今、手を出すにはいかなかった。
「2本先取で俺等の勝ちだが大サービスだ。次の一本でお前が勝てばそっちの勝ちにしてやるよ」
「ええ!?」
この状況では罠にしか聞こえない。舞はクッと唇を噛み締めた。このままでは守らなければならないツナが傷ついてしまう。それは絶対にあってはならないことなのだ。自分が此処にいる存在意義だから。
「ツナ君。罠と獄寺達のことは私に任せて」
「えっ、舞ちゃん?」
「…貴方に絶対、危害は与えないから」
そう言って綺麗に微笑む彼女はツナ達の傍から離れて行った。
「ったく、手間取らせやがって。山本。そっちは片付いたか?」
「ああ!今、終わったぜ」
たんこぶ岩には山本と獄寺の二人だけが佇んでいた。彼等は男達の罠には嵌まっていたが、最終的には全てを返り討ちにしていたのだ。獄寺は遠くに見える浜辺を見て舌打ちを打った。
「チッ。早く帰んねーとな。心配かけちまう」
「なぁ、獄寺」
「あ?なんだよ」
「心配かけるってツナのことか?それとも…」
舞か?その時、獄寺は周りの音が無くなったように思えた。この岩は海に囲まれているというのに。山本の言葉だけが自分の体の中で木霊したのだ。
「そんなの…10代目に決まってんだろ」
波の音にも負けないしっかりとした声。山本は獄寺がそう言うと真剣な表情を変えて、ニカッと笑った。「そうか」って。
「じゃあ直ぐに戻るか。ツナも心配してるだろうけど、舞も心配してるだろうからな」
「ああ。(そんなん知ってんだよ)」
二人は直ぐに戻ろうとするべく海に飛び込もうとした。すると密かにモーター音が耳を通り抜けた。新手か…!?と周りを見渡すが、それは杞憂に終わった。
「あ!よ、良かったぁ。無事だった!」
獄寺達の目の前に現れたのはモーターボートに乗る舞であった。彼女の表情から見ても大分、心配をかけてしまったことが伺え二人の胸はチクリと痛んだ。舞は無事で良かった、と再度言い二人をボートに誘導した。彼女は海の家でモーターボートを借りて獄寺達を助けに来たのだ。しかも彼女が運転しているものだから獄寺達は尚のこと驚いた。…最終的にツナは人命救助に向かったため最後の勝負は行われずツナも無傷で舞はホッと安堵の息を漏らしたのであった。
▼