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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



震えたように怯えたように、「行かないで」と言う彼女が放ってはおけなかった。こんなこと自分らしくはないとわかっていたが、似ていたのだ。家族に裏切られ、周りが誰も信じられないと孤独になった自分の姿と。


「(会ったことがあるって思ってたのは昔の自分と重なったからじゃねーか)」


獄寺は舞の部屋に戻るとソファに腰を下ろした。柔らかいソファは獄寺の体重で沈むように深くなった。そして、その隣を舞が座る。俯く彼女は、獄寺の目にはいつも自分より小さく見え密かに震えているように見えた。


「おい」
「……」
「何に怯えてんだよ」
「え…」


以前、獄寺はこのような切り出し方で舞に問うたことがある。だがその時は、何も彼女は話さなかった。此方にバレバレな嘘を吐いてまで彼女は言おうとはしなかった。そこまでしても白を切る舞にムカついたし、自分には関係ないからと、あの時は見放した。けど今回は無理だ。思ってしまったのだ。このまま放っておけば彼女は、舞は、何か押し潰されて消えてしまうのではないかと。だが獄寺自身が聞く気になっても舞が正直に話すとは限らない。今でさえ、「話せ」と言った獄寺の言葉に戸惑っているのは目で見て明らかだからだ。


「…えっと、あたしは別に…」


舞は、困ったように瞳を泳がせた。誤魔化さなくては。誰にも自分の過去など話したくない。だって惨めだから。自身が如何に滑稽で他人にとっては小さな事に縛られているのを知られてしまうから。舞は膝の上に置いていた手にギュッと力を入れ、獄寺の方を向いた。そして緩慢に口を開く。しかし言葉を発することはできなかった。目の前の彼が先に言葉を紡いだから。


「なんでもなくねーだろ。」
「!……」
「お前がいつも何かに怯えてんのはバレてんだよ。だったら溜め込まずに誰かに話せ。10代目に無駄な心配かけさせたら果たすぞ」


舞は目をパチクリさせた。その連なった言葉は以前に舞が獄寺に向けて言ったものであったから。あの時は逆で彼の方が落ち込んでいた。いつものように元気になって欲しくて、笑って欲しくて舞は態と彼を怒らせるようなことを言ったのだ。もしかして彼はあの時の自分と同じ気持ちなのだろうか。彼の瞳をしっかりと見詰める。揺るぎがない翡翠色の瞳からは興味本位ではない真剣さが伺えた。舞は前を向き直し一旦、目を閉じ呼吸を整えた。そして緩慢に目を開け獄寺の顔は見ず自身の組んだ手を見下ろした。


「……昔、イタリアにある女の子がいました」
「はッ?」
「ある女の子の話だから。聞き流してもいいよ」


必死に冷静を取り繕っているが、舞の心臓は大きな音を立てていた。体全体が脈打つようなドクンドクンという音。でも決めたのだ。彼になら、獄寺になら話すことができると思ったから。舞はポツリポツリと話し始めた。今まで誰にも言えなかった過去と当時の思いを。彼は口を挟むこと無くその消え入りそうな声に耳を傾けた。



▽ ▲ ▽



数年前、イタリアにはある少女が居ました。その少女の気がはっきりした時には既に両親はいませんでした。そして少女が居た場所はそのような子供が集められる孤児院。幼いなりに少女は理解しました。自分は生まれてすぐに捨てられたのだと。周りの子供達はある程度、両親と過ごし捨てられたか、両親がなんらかの理由により育てられなくなった子が殆どです。その子達は短い期間ではあるが愛された記憶がありました。だが少女にはその記憶がありません。“愛”というのもなんだかわかりません。でも憧れました。絵本の世界の主人公のように周りの人から愛して貰える存在に。そこから少女は気付いたのです。愛される存在は常に笑顔を浮かべ、周りの人や動物に耳を傾けられ、困った人には手を伸ばすことができる人物だと。

それから少女は一変しました。何に対しても気力が無く、無表情な少女は笑顔を浮かべ周りに優しくするようになりました。そして出会ったのです。本当の“愛”を自分に向けてくれる温かい人達に。彼等は少女を引き取り自分の子供のように可愛がりました。少女も幸せでした。優しいお父さんとお母さんに囲まれて。でもある時に、ふと思ったのです。彼等が愛してくれているのは自分自身ではないのではないかと。少女が作り出した偽りの姿を彼等は愛しているのではないかと。しかし、そう思っても少女は笑顔を向け続けました。受け入れられないと思ったからです。絵本の主人公のようではない自身の本当の姿が。だから嘘を続けることにしました。嫌だったのです。あの暗くて寂しい孤児院にまた捨てられることが。でも優しい彼等に嘘を吐き続けたから罰が当たったのかもしれません。しがみついていた幸せは一瞬でなくなりました。それこそ夜空に直ぐに消える流れ星のように



「女の子は、ずっと自分を偽っていたの。それ以外にどうしたら良いかわからなかったから」


切なげに話す舞の声が獄寺は耳について離れなかった。そして彼女の話はまだまだ続いた。それこそ彼女がマフィアに入るきっかけとなるのだ。


永遠に変わらない日常など存在しません。でも少女は気付きませんでした。気付いていたら何かが変わったかもしれません。でも今更、理解したところで過去を変えることはできないのです。あの日は少しどんよりとした曇り空。彼等は仲良く出掛けて行きました。直ぐに帰るからと告げて少女を残して。少女は疑いもしませんでした。もう二度と会えなくなるなんて。少女は家で彼等の帰りを待ち続けました。ですが何時間、何日経っても彼等は戻って来ません。玄関で、じっと動かず扉が開くのを待ちました。その期間に少女は何も口にせず体は痩せ細り衰弱していきましたが、少女はその場から動きません。自身の体の衰弱よりも、“捨てられた”と思う方が恐怖だったのです。

そして3日目。待ちに待った扉が徐々に開き、隙間から光が漏れ始めたのです。やっと帰って来た、と少女は瞳を輝かせました。だが視界に飛び込んできたのは待ち続けた彼等ではなく黒いスーツを身に纏った集団だったのです。そこで初めて聞かされました。彼等があるマフィアによって殺され、目の前の集団も殺したマフィアとは違うがまたマフィアであることを。頭が真っ白になりました。震え出す少女に黒いスーツの人物はある提案をしました。君を引き取ると。一人残された少女は彼等の手を取ること以外の選択肢はありません。そして引き取られたマフィアが、イタリアのマフィア界でも有名な“ボンゴレファミリー”だったのです。



「女の子は9代目によって引き取られた。その子はね、決めたの。今度はもっと完璧に愛される存在になろうって。次こそは捨てられないために」


だからこそ舞は寂しくても孤独でも1人でこの日本にやって来た。抗えば捨ててしまわれるかもしれないことを恐れたから。二度も捨てられたことは舞にとって大きなトラウマだった。決して捨てられた事が彼等の意思ではなくても捨てられたことには変わりない。だからこそ新たに掴むことのできた居場所から突き落とされないように、もっと完璧な“あたし”になろうと舞は決意した。


「……でも、さ」


声が震え出したことに獄寺はピクっと反応した。そして、ポタリ。舞の目元に溜まっていた涙が握り締めていた拳に零れ落ちた。堰が決壊したように雫は舞の頬を伝う。


「無理……だよね。こんな、偽りだらけのあたしが…………愛される筈なんて無いッ!」
「……!」


声を抑え泣くのを我慢し、自分自身が愛される筈なんて無いと諦める舞。胸が締め付けられるようだった。そんな舞を見て獄寺は、心から愛しいと思った。あの夜空を見上げながら涙を流す彼女を見てから、もしかしたら心惹かれていたのかもしれない。


「(一人で泣いて欲しくないって思った。バレンタインの時、あんなに他の女からのチョコはうざかったのにコイツのだけは嬉しいって思った。励まされた時、向けられた笑顔に胸が高鳴った。山本と雲雀がコイツを好きって言った時、胸がざわついた。そして今も尚、苦しんでるコイツを守りてぇって思った。……つまりはそういうことだろ。俺は、このチビ女に惚れてるんだ。)」


獄寺は嗚咽交じりに泣く舞の頭を乱暴にガシガシと撫でた。自分を偽るのが嫌なのであれば、自分の前では素になれる存在でありたいと強く思った。



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