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太陽が東から昇り、陽射しがカーテンの合間から舞の顔に掛かった。じんわりと頬に熱が集まり睫毛を震わせる。緩慢に瞳を開き、朝を迎えたことを頭で理解しムクっと上半身を起こした。ぼんやりと靄がかかったような頭で昨日の出来事を思い出す。


「(そういや、獄寺が泊まったんだっけ)」


隣で未だに寝ているだろう獄寺を見ると舞は目を見開き「あっ、」と短い声を漏らした。戻っているのだ。昨日のように小さな体ではなくいつも通りな体に。良かった…と舞は目を細め、獄寺を起こさないように音を立てないようにそっと布団から出た。今日は学校も休みの土曜日。なら、まだ寝かせててあげようと思ったのだ。



▽ ▲ ▽



味噌汁のだしの良い香りに、包丁の小刻みに繰り返される音。舞は着々と朝食作りを済ませていた。時計を見ると既に8時を回っている。朝食をもうほとんど出来上がっているし、そろそろ眠っている彼を起こそうと鍋に灯していた火を止め、足をベットへと向けた。まだスヤスヤと眠る獄寺。彼の寝顔を見るのはこれで2度目。やはり眠っていると、いつも深く刻まれている眉間の皺が無く、こうしていれば不良やマフィアには到底見えない。唯の中学生だ。舞は獄寺の肩に手を掛けて、少しばかり揺らした。


「獄寺。起きて」


彼の名前を呼ぶが、閉ざされた綺麗な翡翠色の瞳は姿を露わにしない。もう一度、次は少し大きめの声で呼ぶが、それでも起きる気配はしない。どうしたものかと舞は、ふぅ…と息を吐く。すると彼女の視線に一冊の雑誌が入った。それを見て舞は、これだ!という風に雑誌を手に取りクルクルと丸めた。狙いは獄寺の耳元だ。


「起きろッ!獄寺隼人ッ!!!」
「うおッ!!」


舞が筒状の雑誌に叫ぶように大声を出せば、獄寺は跳ね上がるように焦りながら上半身を起こした。彼は状況が理解できなく、声の方にパッと視線を向けると瞳に飛び込んだのは、してやったりと笑う舞。朝からなんて起こし方しやがる、と獄寺は早速睨みを効かせるが彼女はなんでもない風に「ご飯だよ!」とだけ言い残し、キッチンへと戻った。


「ったく、もうちょいマシな起こし方ねぇのかよ」


獄寺は頭をガシガシと掻きながら、ベットから足を下ろした。ん?彼は不思議そうな表情で首を傾げた。足が床にちゃんと着くのだ。それは普通であれば当然のことだが、昨晩は体が縮み足が宙を浮いていたのは確かな筈。獄寺はハッと思い出したように立ち上がり直様、全身が映る鏡の前に立って、確かめるように両手を頬に当てた。


「も、戻った!ちゃんと元の体に!!」


よっしゃ!と、歓喜する獄寺の姿を見て、舞は微笑みながら温め直した朝食をテーブルに運んだ。並べられる朝食は重すぎず軽すぎず丁度良いバランスで作られ鼻腔に広がる美味しそうな香りが、普段はまともな朝食を摂らない獄寺の食欲をそそらせる。彼はストンと腰を下ろすと箸に手を伸ばし、静かに食べ始めた。相変わらず無言で食べ続けるがそれは獄寺にとって「美味しい」ということなのではないかと舞は勝手に解釈をし自分も食べ始めた。部屋には鳥の囀りや、飛行機の飛ぶ音しか聞こえなかったが気まずいといった感情はお互いに感じない。只、ゆっくりゆっくりと時間が流れて行った。



▽ ▲ ▽



「んじゃ、一応世話になった」
「…!うん。もう小さくならないように気をつけてね」
「2回もなるかっつーの。そんなヘマ2度としねーよ」


体が元に戻った獄寺が長々とこの場所に滞在する理由が無い。彼は朝食を済ませ、少し休むと「そろそろ帰る」と言い出し、今は舞が玄関で見送りをしている最中だ。滅多にお礼の言葉など言わない獄寺の言葉はレアもの。舞は目を丸くさせると、直ぐに嬉しそうに笑みを浮かべた。


「じゃーな」
「また学校で」


ポケットに手を突っ込んだまま獄寺はクルリと舞に背を向け、ドアを開いた。ゆっくりと開くドアの間から新しい風が吹き込む。前髪が靡いたその刹那、舞の頭が既視感のようなものを感じた。前に見たことのある光景。つい先程まで笑みを浮かべていた彼女の顔が強張った。


「じゃあ舞。良い子で待ってるんだよ」
「直ぐに戻ってくるからね」
「うんッ!!」


明るく、愛に包まれた、平凡だけど幸せな家庭。それは確かに存在した。いや、存在していた筈であった。自分でもその幸せを傲ることなく、毎日必死に生きていた。だが自分の頑張りが足らなかったのだろうか。ーー舞の感じた“幸せ”は無残にも簡単に溢れるように手からすり抜けた。



どんどんと自分の傍から離れてしまう背中。あの時もそうだった。でもあの時は、また自分の元へと帰ってくると信じて疑わなかった。そんなもの、自分の都合の良い“夢”でしかないのに。今でも後悔をしてる。もし自分があの時に未来を知りさえしたらなんて声をかけたであろう。


「(きっと……私は、)」


舞は、俯いて唇をキュっと結んだ。


「……行かないで」


それは力無い、か細い声であった。何かに恐れたような憂いを含んだ今にも消えて無くなりそうな声。それは常人では聞き取れないもの。だが耳が特別に良い獄寺のソレには、はっきりと聞き取れた。獄寺が動きを静止させ此方を振り向いたことに気付くと舞は、ハッと我に返り自分の言動に驚いた。今のは完全に無意識であったからだ。


「ち、ちがうの。今のはちょっとした冗談!」


必死に頭に思いついた言い訳を並べる。弱音なんて絶対に他人に吐きたくなかった。それは自分が作り出していた人物像とは異なるから。“幸せ”を掴むことのできる人物像とは異なるから。獄寺は何も言わずに舞の瞳を射抜く。それが彼女にとって恐ろしくて堪らなかったが、必死に笑顔を取り繕ろった。


「(笑え。いつもみたいに。馬鹿みたいに)」


まるで自己暗示のように何度も心の中で繰り返し呟いた。自分で決めたではないか。再認識もした。自身が決めたことであるからそれを貫くと。生半可な覚悟では決してない。すると笑う彼女の横をスッと銀髪が通り抜けた。


「え、」


舞は驚きの声を漏らす。何故。どうして。彼女は彼を目で追うように振り返った。


「な、なんで!?帰るって言ったのに…」


そう言うと獄寺は舞に向き合うように此方を向くと、ゆっくり彼女に向かって手を伸ばした。何をされるかわからない舞は瞳をギュッと閉じる。


「(我儘や迷惑はかけたくないのに…)」


しかし獄寺の行動は思ってもみないものであった。ポン、と温かく優しい手を舞の頭に乗せたのだ。あまりにも優しい感触に舞は吃驚したように瞳を開き視界が獄寺でいっぱいになった。


「行かないで欲しーんだろ」


目線を外しながら紡がれた不器用な彼なりの優しさ。思わず目頭が熱くなった。自分の小さな小さな言葉を受け流さず、受け止めくれる彼の優しさに心臓がギュッと掴まれるようだ。気を抜けば溢れてしまいそうな零れ落ちてしまいそうな涙を堪えた舞は只、コクリと頷くことしかできなかった。



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