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2月の外気はとても冷たい。きっと一年の中で一番に寒いのがこの時期であろう。歩く度に体に触れる冷気に思わずマフラーに顔を埋め、ぶるりと体を震わせた。寒いが舞が向かうのは家ではない。自分の居場所へと彼女は足を運んだ。すると自分の定位置には既に先客が居座っていた。その人物に駆け寄ろうと思ったが、一瞬何かを考え舞は一旦その場所を後にするのであった。



▽ ▲ ▽



「お疲れ」

何処か疲れたようにブランコに腰を下ろす獄寺に舞は労いの言葉をかけ缶コーヒーを差し出した。これは今日一日中、逃げ回った彼にご苦労様と言う意味を込めてだ。獄寺は不服そうだが素直に缶コーヒーを受け取り器用に片手で開け口に傾けた。その様子を見て舞も隣のブランコに座り、手の中にある温かい缶コーヒーで冷たい体を温める。手からじんわりとくる温かさが血流の流れを良くしていくようだ。


「チョコ沢山貰えて良かったね」
「あ?あんなの貰うかよ。どこのどいつで何が入ってんのかもわかんねぇのに」
「え!?勿体無い!せっかくのバレンタインなのに」
「ったくこっちは良い迷惑だぜ。あんなのチョコの集団テロじゃねぇか」
「テロって…」


テロと聞いて舞は思わず苦笑いをしてしまう。あの光景を見てしまっために、獄寺の言葉も全否定はできないと思ったからだ。集団テロというのもあながち間違いじゃない。それでも女子の気持ちが全くわからない訳でもない。好きの気持ちは理解できなくても舞もチョコを作ってきた一応女子なのだ。


「それでもチョコは貰った方が良かったかもよ?」
「ケ。別にいいんだよ」
「でもさ……」


そう言った舞は口元に弧を描いて隣の獄寺を覗き込むように前のめりになった。


「もしかしたら獄寺の運命の人が来てくれたかもしんないじゃん」


それは前に彼が舞に言った言葉だった。獄寺はそれを聞くと一瞬目を丸くしたが直ぐに、どこか罰が悪そうな表情となりそっぽを見ながら「うっせ」と呟いた。そんな彼の様子を見ると舞は可笑しくて声を上げて笑った。そして鞄と少し緩くなった缶コーヒーを地面にコトンと置き、ブランコを動かした。ゆらりゆらり、と振り子のように揺れるブランコ。冷気が頬を刺し、段々と鼻が痛くなっていくようだった。


「お前、バカみてーに真っ赤だぞ。鼻」
「え!?」
「ブフォっ。トナカイそっくりだな」
「ええ!?トナカイ!?」


獄寺の言葉に舞は漕いでいたブランコを足でキキッと停め、慌てて鼻を手で隠した。獄寺はツボに入ったのか声を押さえながら体を震わせている。まるで先程の仕返しのようだ。あまりにも獄寺が笑うので舞はムッと少し怒り、ジト目で彼を睨んだ。そうだ。確か鞄にカイロが入っていた気がする。舞は鞄を取ってゴソゴソとカイロを探した。すると手にカサッとカイロではない物が触れた。それに気付き舞は「あ」と声を漏らした。


「なんだよ」
「そういや渡してなかったんだっけ」
「は?」
「!……あ、いやぁ…」
「んだよ。今隠しただろ」


出せ…と言う風に凄まれ、舞は目を泳がせた。確かに鞄の中に入っている物は獄寺に渡すために作って来た物だ。だが先程チョコを貰いすぎて、集団テロとまで言った人物に渡せる程、舞のメンタルは強くない。それに他の皆には内緒だが獄寺のチョコは少し皆と違うのだ。それも良い感じの方で。気合いが入りまくっていると思われるのは恥ずかしい。だからこそ、舞は渡すのを渋っているのだ。それでも今更、隠せ通すことはできないだろう。獄寺の目線が酷いのだ。こうなったらしょうがない、と腹を括り「ちゃんと食べてよね!」と勢いをつけて差し出した。獄寺は受け取った物を見て失礼にも眉を顰めた。


「ゲ、これ…チョコ?」
「うっ。だから嫌だったのに…」
「てか、やけにデカイな」
「ううっ。それもツッコまないで欲しいんだけど」


こんな反応されるのだったら忘れたままにしとけば良かった、と舞はブランコの上でガクッと項垂れた。そして何も考えずポツリと言葉を吐き出した。


「他の人より頑張って作ったのに…」


それを聞いて獄寺は目を丸くして驚いた。自分の分を作ってくれた。しかも他の人より特別に。彼女の周りには自分よりも仲が良い人物達がいる。それは10代目であるツナ然り、山本や雲雀もまた然りだ。そうであるにも関わらず自分を贔屓してくれたという舞の言葉が獄寺の頭の中でぐるぐると渦巻く。何故だか脈拍も早くなり、今までに無い感情が彼を襲った。


「お、お前…俺のためにこんなデケェやつ作ったのかよ」


その獄寺の言葉を聞いて、両手に顔を埋め唸っていた舞がハッと顔を上げた。その顔は、赤く染まっていて獄寺はまた驚いてしまった。


「ち、ちがっ!獄寺が前にあたしは料理なんてできないって言うから…あたしができるって、証明……したくて」


でも、獄寺に食べて欲しくて作ったのは本当だから。そう言った舞の顔は徐々に下がっていき、ブランコの鎖を持つ手に力を入れた。最後の声はか細いものだったが耳が良い獄寺には、はっきりと聞こえた。途端に獄寺もポッと舞と同じように頬を赤らめる。双方とも顔が赤くてなんとも甘ったるい空気。2人は恥ずかしさからか、照れているからなのか、異様に早く脈打つ心臓の所為なのか、閉口を貫くのであった。時は刻々と流れていくが2人はそんなことは気にせず周りの音は聞こえなかった。聞こえるのは自分の激しい心音だけである。


「(うう…。なんなの?世の中の女子ってバレンタインにこんな恥ずかしいことしてんの?)」


山本の時といい今の獄寺といいチョコを渡すということだけでこんなにも感情が揺さぶられるものなのか、と舞は心の中で問い掛けた。女子という生き物は毎年こんなイベントをこなしていたのかと思えば思わず敬意を払いたくなる程だ。この重々しい空気は耐え難いが、帰るという一言が何故か言葉に出来なかった。


「「(帰りたい(てぇ)けど帰れない(ねぇ))」」


2人の心の声が見事に一致していたのは、お互い知らないこと。このままどれ程の長い時間が経ったのかは誰にもわからないのであった。



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