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星の王子フゥ太


「………ふぅ」

読んでいた本をパタンと閉じ息を吐く。舞がいるのは図書室。並盛中学は図書室が充実しており、放課後にはあらゆる学年の生徒が集う。舞もそこまで好きというわけではないが暇つぶしも兼ねてよく本を貸りここへ足を運んでいた。


「(そろそろ終わったかな…)」


時計を見て時間を確認する。きっともう終わったであろう。舞は読んでいた本を棚へと返却し、荷物を肩に掛け図書室を後にした。

放課後の廊下は殺風景だ。いつも多勢の生徒で溢れているが今は誰1人としていない。同じ場所で変わっていない筈なのに空気が違く、まるで異空間のように思える。窓から差し込むのはオレンジの光。太陽がゆっくりと沈み、青かった大空を優しいオレンジに染め上げていく。舞は歩んでいた足を止め魅入るように窓から空を見上げた。


「………」


夕焼け。それは広大な大空を染め上げるだけではなく、人の胸の奥まで染み込んでいく。何故に彼女は空でこんなにも心を揺さぶられるのであろう。空が"好き"というわけではない。ただ、気付くと空ばかり見上げていた。飽きることなく、ただ真っ直ぐに。


「舞!」
「……!」


無音な空間に響いた明るい声が、ぼんやりとしていた舞の頭を現実へと引き戻した。真っ白な歯でニカッと笑う山本につられるように舞も口元を緩める。


「待たせてごめんな」
「ううん。本読んでたから平気!部活の集まりはもういいの?」
「 おう!もう終わったぜ」
「じゃあ帰ろ!」


舞と山本は並んで学校を出、帰路を辿った。舞が図書室で待っていたのも山本。今日、舞は日直でツナ達と共に下校できないため同じように放課後に予定があった山本と帰る約束を交わしていたのだ。

地面に伸びる長い長い2つの影。2人の歩む姿と同じように影も形を変える。舞の隣にいる山本は笑顔で話し続ける。夕焼けに照らされる彼の笑顔はとても眩しかった。


「ふふっ。武君ってほんとに野球好きだね」
「おう!野球はガキの時からずっとやってんだ。だから、あれだな。息吸うのと同じ感覚」
「へーえ。その位、染み付いてるってすごい!」
「舞は?なんか好きなことねーの?」
「え?なんか、急だね」
「いっつも俺のことばっかだしな。な、教えてくれよ」


えー。そうだなー。ムム…と真剣な眼差しで考える舞を見て山本は自然と口元を緩めた。山本の野球のように舞が好きで無くてはならないもの。考えてはいるもののすぐには浮かばなかった。


「(料理は得意だけど…それは覚えなくてはならないことだったし、好きとかじゃ…)」


これといって思い当たらない。なんて悲しいことだろう。好きで熱中できるものが無いなんて。でも昔からそうであった。自分の意思で自分のためになることをしたことがなかったのだ。


「じゃー、空は?」
「え?」


山本が口にした"空"という言葉に舞は首を傾げ彼の顔を覗き込んだ。山本は、ニカッと笑いながら言った。


「だってよ、舞ってよく空見てるだろ。さっきも見てたしな」


好きなんだろ?そういう山本に、舞は肯定も否定もできなかった。空を見上げるのはそんな好き嫌いでしているわけではない。だが彼女はそのわけを話したくなかった。だから、ごまかすように笑みを作った。


「うん。好き。空を見てるとなんか安心する」


その彼女の言葉に山本は一瞬、目を丸くした。しかし直ぐに「そっか」といつもの通りに笑った。その意味深な山本の表情を舞は不思議に思ったが、深く問うことはせず前へ視線を移した。


「「「あ」」」


3人の声が合わさる。そういえば前にも同じことがあったような。この3人が会うのは必然なのだろうか。偶然って多いものなんだな、と舞は思った。


「よお!獄寺じゃねーか」
「よく会うね〜」
「ケ。テメェらに会うとはついてないぜ。…ってそんなんはどうでもいい!」


山本と舞にバッタリ会って獄寺は嫌そうに眉を顰めたが、直ぐに焦ったような表情となった。今にも走り出しそうだ。


「なんかあったのか?」
「スーパーのタイムサービスなら早く行った方がいいよ」
「そんなんじゃねぇ!バカか、チビ女!」
「バカでチビって……じゃあどうしたの?」


散々な悪口のオンパレードに舞は顔を歪めたが急いでいる内容の方が気になったのでそれ以上何も言わないことにした。獄寺も不服そうだが、ポツリと言葉を漏らした。


「…リボーンさんのとこにランキング小僧が来てんだよ。だから今から10代目のお宅へ行く」
「え。あの星の王子の?」
「ああ。つーわけで俺は行くぜ」
「え!あたしも行きたい!」
「俺も!面白そうだしな!」


フン。勝手にしろ。獄寺はそう言い捨てると走り出し、その後に続くように山本と舞も走り出した。



▽ ▲ ▽



「なんで俺に教えてくれなかったんスか!?ランキング小僧が来てるって!」


インターホンも鳴らさずに勢いよく扉を開けて獄寺が鬼気迫る様子で叫んだ。獄寺の登場にツナも驚きの声を上げた。


「獄寺君!」
「そこで偶然会ってな。面白そーだから俺等も来たぜ」
「ツナ君こんにちは〜」
「山本に舞ちゃん!!」


前からランキング小僧には聞いてみたいことがあったんです、と獄寺はフウ太のいるツナの部屋へと一目散に階段を上がった。そこまで聞きたいこととは一体何なのであろうか。普段と違う獄寺の様子に舞は首を傾げながら後へ着いて行った。


「俺の聞きたいことはただ一つ……10代目の右腕にふさわしいランキングで俺は何位なのか!!」
「なっ、獄寺君!」
「(そのことで必死だったんだ…)」


獄寺が必死になることはやはりツナの事。今日も素晴らしい忠犬ぶりに思わず苦笑しながら獄寺を見る舞。ツナも顔を引き攣らせている。


「できるのか、ランキング小僧」
「簡単だよ。いくよ、隼人兄の順位は」


愛くるしい瞳の小さなフゥ太。この少年の姿からは、ランキングを作らせたら右に出るものはいないという情報屋には見えない。フゥ太がランキングをするために星と交信をすると周りの物体が浮くのだ。ツナの部屋の本やら小物が無重力のようにフワフワと浮き、獄寺はゴクリと生唾を呑んだ。そして、ランキングの結果をフゥ太は言い渡す。


「圏外」
「なにーー!!!」
「ランキング圏外なんてあんの?」
「ランキング圏外だなんて言ってないよ」


"大気圏外"だ。まさかの地球の外というランキング結果に獄寺はショックで今にも倒れそうだ。隣で聞いていた舞は笑いを堪えるのに必死だ。


「ふ、ププッ。た、大気…圏外って、ハハっ」
「アハハハ。また面白ぇー奴だなー」
「(舞ちゃん超笑ってるし、また山本遊びだと思ってる…)」


いつもならこんな風に山本と舞がこんな風に笑っていると獄寺の怒声が轟くのだが今回ばかりは精神ショックが大きいらしく、青ざめながらあらぬ方向へ向き口をパクパクとさせていた。そんな獄寺にフォローをするようにフゥ太が口を開いた。


「でも隼人兄。マフィアのファミリーの右腕だけが仕事じゃないよ。隼人兄は保父さんに向いてるランキングでは8万2千203人中1位なんだし」
「なっ」
「いつもランボと喧嘩してる獄寺君が…」
「保父さんですかーー!!?」
「っぷー!保父さん!?」


予想外のランキング順位に聞いていた者は驚きが隠せない。子供好きランキングでも獄寺は2位という結果。保父さんは正に転職だと言われ、獄寺も遂には自分を見失いかけていた。


「俺…子供好きだったの…?」
「流石ランキングフゥ太だわ!見事なランキングさばき」
「でも大事なのは愛よ」


そこで登場したのはフゥ太の無重力空間により浮いているビアンキ。天井に張り付くように浮くビアンキの姿はホラーそのもので、それを見て色々なショックが重なった獄寺は石化してしまった。しかし、舞は目を細め笑みを浮かべた。


「ビアンキさん!お久しぶりです!会いたかったです!!」
「私もよ舞。この際、愛のランキングを作って舞が誰を愛しているかハッキリさせましょ」
「えっ!?」
「面白そーだな。フゥ太やってくれ」
「じゃあ、舞姉が愛してる人ランキングいくよ」
「え、本当に!?」
「舞姉が愛してる人ランキング第1位は」


当の本人はが戸惑っている合間にもランキングはどんどんと進んでいく。周りの物が浮遊し始める。


「舞が好きな奴…」
「舞ちゃんの、」


山本とツナはランキングの結果をゴクリと唾を飲んだ。


「皆」

「「「「へ?」」」」


思いがけない結果にツナ達だけでなく舞までもが素っ頓狂な声を漏らした。頭の上に全員がハテナを浮かべる。その疑問を紐解くようにツナがフゥ太に聞き返した。


「い、一体どういうことなの?フゥ太」
「舞姉は"皆"を愛してるってことだよ」
「え」
「魔性の女だったのね。舞って」
「ええっ」
「舞ちゃんは、可愛い顔の小悪魔ガールだったんですかー!?」
「ち、ちがうよ!ビアンキさんにハルちゃん!変な誤解しないで!!」


良からぬ誤解が次々と生まれ、舞は両手を顔の前でブンブンと動かし全力で否定をした。"魔性の女"と呼ばれるなんて冗談じゃない。舞は懇願するように勢いのまま己の気持ちをぶちまけた。


「止めてよっ!あたし初恋もまだなのに!!!」
「「「!!」」」


ーー…ハッ。皆が揃って閉口した途端に、自分が暴露してしまったことに舞は気づいた。そして、みるみるうちに顔を赤く染めた。この年にもなって初恋すらしていないことがばれ恥ずかしさは最高潮だ。舞は自分の口元を両手で押させ、視線を皆に合わせぬように泳がせた。


「舞。私が悪かったわ。ごめんなさい。悪ノリしてしまって」
「舞ちゃん、恋はいつでもドキッでズキューンから始まるんですよっ!」
「うう…。もういいから、忘れて」


今更、何を言われても傷を抉られるようにしか聞こえず舞はガクっと項垂れるように膝をついた。あたしの心は今の空と同じで雨模様だ。そう舞が力なく呟くとフゥ太が、怠そうにいきなりゴロンと横になった。


「どーしたんだフゥ太!!?」
「たるい。僕、雨に弱いんだ…雨なんか嫌いだよ。ランキングの能力がデタラメになっちゃうし…」
「い、」
「「い…っ、今なんて言ったー!!?」」


ランキングで散々な目に遭った獄寺と舞が顔をムクッと上げ、声を揃え言い放った。なんでもフゥ太の能力は雨が降ると間違ったランキングになってしまうらしく今までのランキングは全て本物ではないことが判明した。そのことがわかり、獄寺と舞は「良かったー」と泣きながら共に歓喜したのであった。


「……って。今回のあたしの言い損じゃん」


先程の雨はただの夕立らしく、雨雲が捌けたところで皆とは解散となり舞は帰り道の方向が同じな獄寺と共に帰っている。今更、思い出したように呟いた一言に獄寺は冷たくあしらった。


「オメェが自分で墓穴掘っただけだろ」
「それはそうなんだけど、」


ハァ…と舞は眉を下げ、落ち込むように溜息を吐いた。そんな舞を見て、獄寺は「馬鹿か」といつもの様に悪態をつく。その言葉に舞は下げていた視線を上げ獄寺を軽く睨む。


「馬鹿って言わないで!あたしには恥ずかしいことなんだから!」
「それが馬鹿だっつってんだよ。ただ今まで、そういう人物に会えなかっただけだろ」
「え」


てっきり恋ができなくて悩んでいるのが馬鹿らしいと言われたと思っていたがそれは勘違いらしい。獄寺は茶化すわけではなく、翡翠色の瞳には真剣味が帯びていた。


「これから会えるかもしれねぇんだから悩むだけ馬鹿だ。オメェは、何も考えず笑って生きてろ」
「!」
「…なんだよ」


何も言わず、ただ視線だけを向ける舞に獄寺は低い声で問う。舞はキョトンとした顔をしていたが徐々に口元を緩ませ、笑みを浮かべた。


「獄寺って、案外ロマンチストなんだね」
「はっ!」
「ちょっと意外だった」
「ああ"?馬鹿にしてんのか!?果たすぞ!!」


ダイナマイトを持たれ舞は「キャー」と態とらしい悲鳴を上げ、てってって…と小走りをし獄寺の十何歩か先を出た。獄寺自身も柄にも無いことを言ってしまったと苛立ちを抑えるようにタバコを咥え火をつける。


「獄寺!」
「あ?」


前を向いていた彼女がくるっと振り返り、獄寺の名を呼んだ。それに吊られるようにして、視界に彼女を映す。


「ありがとう」


ーー…ポロ。思わず、先程咥えたばかりのタバコを落としてしまった。辺りはすっかり暗く近くにある街灯の灯りと星の光しか彼女を照らすものはない。だがその表情ははっきりと獄寺の瞳に映った。ふんわりと優しく口元に弧を描き、瞬くように輝く翡翠色の瞳は緩く細められている。花が綻ぶような笑みに獄寺の心臓は脈打つ音を激しくさせた。


「またね!」


手を振り、横道に逸れた彼女の姿はもう見えない。だが脳裏には先程の表情がしっかり焼き付いた。それ程までに脳内に付着するような、心臓を掴まれるようなものであった。最近の彼女の笑顔はやはり獄寺には泣いているようにしか見えなかった。だが今の表情は彼女の心からの笑顔のように感じられた。初めて見たその"笑顔"に動揺が隠せず、暗闇でなかったら顔が赤くなっているのがばれているだろう。


「(いつもそうやって笑ってろ。チビ女)」


泣きそうな笑顔を見る度に、ブランコでの泣き顔が頭に浮かび何故か気になって仕方がなかった。獄寺は冬の沢山の星が浮かび上がる空の下。舞のことを考えひそかに祈ったのであった。



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