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微熱を噛む


 津美紀は典型的な善人で、俺とはまるで違った。血が繋がってないってのもあるかもしれないが姉弟のわりに正反対のような人間だったと思う。津美紀の吐く言葉は何時だって綺麗で俺の腐った性根すら浄化しようとしていた。俺はそれが偽善にしか思えなくて悪態ばかりついていたけど、今なら分かる。あれはたった一人の家族を想った心からの言葉で気持ちだったと。
 あの時の俺はガキで無償の優しさというものを単純に享受できなかったんだ。悪かったよ。
 津美紀が寝たきりになって、一人になって、色々な奴と出会って、津美紀のような善人が他にも居ることを知った。まだ津美紀の考えを100%理解するのは難しいけど、今度はちゃんと向き合いたいと思う。だから、さっさと起きろよ。

「(………津美紀?)」

 ふと浮かんだ視界に微笑む女性の姿を見た気がした。それが何処か津美紀のように思えて、俺に向かって伸ばされた白い腕を掴む。

「……勝手に寝たきりになってんじゃねえよ、バカ姉貴」
「わ、」

 瞬間、靄の掛かっていた脳内が晴れた。津美紀じゃない。この声は。

「ご、ごめんね。汗かいてたから拭こうと思って」

 眉を垂れ下げて申し訳無さそうに謝るのは間違いなく羽衣さんで、俺は飛び上がるようにして起き「す、すいません!」と手を離した。
 最悪だ。幾ら寝ぼけていたとは言え羽衣さんを、津美紀に間違えるなんて。

「家入先生に恵君が重症で運ばれたって聞いたから心配したよ。身体まだ辛い?」
「……いえ、だいぶ楽になりました」
「良かったあ。でも無理は禁物だからね」
「…はい」

 俺が頷くとそれに満足したのか羽衣さんは一層その笑みを深くして「今日はゆっくり休もう」と少し乱れていた布団を正してくれた。その表情や仕草がやけに津美紀と重なって、慌てて被りを振る。どうやら今日は頭がイカれているみたいだ。じゃないと色々マズい。

 シスコン。恐ろしいワードが頭に浮かんだ。

「恵君、食べやすそうなもの買ってきたから後で食べてね」
「あ、なんか色々すみません」
「ふふ、いいんだよこういう時は。存分に甘えて下さいな」

 そう言って羽衣さんは俺の頭を優しく撫でるもんだから、俺の心中は複雑だった。ああもう、何だってこの人は今日に限って津美紀と重なるような行動ばかり取るのか。狙ってやってるとしたらタチが悪い。

「…………羽衣さん」
「ん?」
「一回、呼び捨てで呼んでもらってもいいですか」

 自分で、馬鹿かと思う。

 俺が勝手に曖昧な記憶を重ねているだけで、羽衣さんが津美紀に似ているわけじゃあない。この人が他人を砂糖菓子のように甘ったるくどろどろに甘やかすのは何時ものことだ。

 けど、じゃあ。

 俺が今まで抱いていたアレは何だったんだろう。勘違い、になるのだろうか。ざわり、と胸に何やら重苦しいものが広がった。

「恵?」
「−−恵君。」

 息をぐっと飲んだ瞬間に、たった一言が静かに鼓膜を揺らす。正直、怖かった。羽衣さんの吐く言葉が津美紀と重なることが、重ねてしまうことが。全てが嘘になってしまうようで。

 けどそんなこと考える必要は無かった。俺がどんな想いを羽衣さんに抱いていようが、羽衣さんがくれる優しさに変わりはないし、そこに損得が含まれていないことはこの何年間で充分に理解し得てる。もっと言えばその優しさはあまり重要じゃなくて、ただ単純に羽衣さんの傍に居たいと、この人が泣いている姿も笑っている姿も一番近くで見ていたいと、そう思えるのはこの気持ちが勘違いではないという確たる証拠だ。
 たった数音が、全てを物語った。

「………良かった」
「ん?」
「いえ、こっちの話です。何でもありません」
「ふふ、変な恵君」

 嗚呼、自覚してしまえば欲しくて堪らない。決して高すぎることのない穏やかな声も、綺麗に透き通ったブラウンの瞳も、蕩けんばかりの柔らかな笑顔も、全部、全部、俺にだけくれれば良いのにと思ってしまう。でも一後輩に過ぎない俺はそれを口にすることはできなくて。

「………羽衣さん、もう少しだけ此処に居てもらってもいいですか」

 悔しいけれど、今日のところは後輩としての特権をフルで使わせてもらおう。