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涙と絲が途絶えたこたえ


 昔の、夢を見た。

 あれは確か傑君が死んでしまった直ぐのこと。あの時は悲しくて悲しくて苦しくて毎日部屋に篭りながら泣いていた。眠ることもせず、何もせず、ただ傑君だけを想って。

" 羽衣 "

 何処かの本で人は声から忘れていくというのを見たことがある。いつか私も、傑君の声を忘れていく日がくるのだろうか。考えるだけで胸が張り裂けそうだ。

「すぐ、る…君」

 最期の言葉を思い出す。
あんなこと、最期に言うなんて…ずるいよ。



" 私が居なくても一人で泣いてはいけないよ。我慢せず、泣きたいときに泣くんだ。羽衣は隠しているつもりでも案外皆気付いているから。 "

" ねえ、羽衣。"

" ーーーーー。この世の誰よりも。 "




 嗚呼、いっそのこと消えてしまえばいいんだ。そうしたらこんなにも苦しくて痛い想いを抱かなくて済む。なんて、そんなことを思っているとトントンと扉を叩く音が鳴った。けれど今は誰にも会いたくて黙っていると「……羽衣」という声が聞こえた。悟君だ。

「真希から聞いたよ。ろくにご飯も食べてないって。頼むから、食事は摂ってよ。皆心配してる」

 下唇を噛み締めて、頭から布団を被る。何も聞きたく無かった。何も、考えたく無い。もう、放っておいてよ。お願いだから、一人にして。

「…………ごめん。」

 え、と目を見開く。
いま、何て言った?

「羽衣にとって傑は呪詛師じゃなくてただの兄貴みたいな奴だったのに。……俺が、殺した」

 ひゅっと喉が音を立てる。

 瞳が小刻みに震えた。

 わたしは、私は、何で自分だけが世界で一番悲しいだなんて思ってたのだろう。私にとって傑君がお兄さんだったように、悟君にとって傑君は、唯一無二の親友だったのに。
 その親友を自分の手で亡くして悲しくないわけがない。苦しくない、わけがない。
 なのに私は自分のことばっかりで、一番させてはならないことをさせてしまった。悟君だけに背負わせてしまった。悟君も、私は大切なのに。
 
「……悟君!!!」

 立ち上がり、扉を開ける。
久しぶりに見た悟君は少し痩せているように見えてまた胸が苦しくなった。

「っ、ごめん、ごめんなさい。わたし、自分のことばっかで。悟君の気持ち、全然考えてなかった…」

 一切枯れることのない涙がはらはらと落ちる。ごめんなさい。本当にごめんなさい。それ以外の言葉が見つからなくて何度も何度も伝える。すると悟君が私の目元を親指で拭った。至極優しく微笑みながら。

「俺、最強だから」

 まるで、だから大丈夫だとでも言いたげだ。大丈夫だなんてそんなこと、ある筈ないのに。私じゃ悟君の気持ちを引き出せないのか。それじゃあ傑君の時と同じではないか。それは、駄目だ。絶対に。

「……悟君。私、強くなるよ。最強の貴方が最強で居なくても済むように。ただの五条悟として居られるように」
「……!」
「道のりはきっと長いし何度もへこたれると思うけど、絶対なるから。絶対に悟君に追い付くから。だから……私が悟君の親友になるよ!」

 し、親友は大きく出すぎだろうかと豪語してからちょっぴり不安になる。けど目標は高い方が良いって言うよね!うん!たぶんそうだ!と心の中で必死自分に言い聞かせていると、突然吹き出したように悟君が笑った。しかもお腹を抱えて心底面白そうに笑うから、私は目をきょとんとさせる。

「誰も羽衣に親友は求めてねえって」
「ええッ!?」
「ククッほんとガキの考えることは突拍子も無いって言うかぶっ飛んでるって言うか」

 ポン、と頭の上に悟君の手が乗る。

「羽衣は羽衣のままでいいんだよ」





 その言葉を最後に沈んでいた意識が浮上する。瞳に映るのは覚えのある天井で、そうか、建人君に助けられたあのあと倒れて運ばれたのだと自己解決した。
 悠仁君や建人君は無事だろうかと緩慢に身体を起こす。すると、私以外の存在をこの部屋で感じた。

「え、悟君?」
「ん〜〜あ、羽衣起きた?」
「何で此処に居るんですか?」
「倒れたって聞いたから一応様子を見にね。でも眠ってたから僕も少し寝ちゃった」

 ふあああ、と悟君が長い欠伸を漏らす。だいぶお疲れなのだろうか。だったら自分の部屋でゆっくり休んだ方が良いのに。

「ていうか羽衣の悟君呼びって久しぶりじゃない?」
「あ、」
「なになに?任務が終わって甘えたい気分?」
「ち、が、い、ま、す!たぶん夢を見たからです」
「夢?」

 夢と言っても思い出のようなものだけど。
私はふっと口の端を持ち上げて見せた。

「ねえねえ悟君。私がまだ悟君の親友を目指してるって言ったらどうする?」
「ゲッまだそんなこと言ってんの?無意味な努力はやめた方がいいよ。時間の無駄だから」
「………やっぱ娘止まりか」
「だーかーら!!父親も却下!!!」