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けだものに化けるエデン


 まるで自分だけ世界から切り離されていくかの如く頭上から帳が降り注ぐ。私はがたがたと震える足を必死に抑え、今すぐにでも逃げ出してしまいたいという気持ちが暴走しないよう自分の身体をぎゅうと抱いた。
 嗚呼なんて怖い。呪霊の気配が直ぐそこから漂ってきている。今からその根源へ向い祓わなくてはならないとは私にとってどんな折檻よりも恐ろしく無情だ。

「………行か、なきゃ」

 それでも逃げることはできなくて許されなくて私は今日も今日とて世界で一番嫌いなものに向き合うことになるのだ。もうストレスで禿げそう。











「お疲れ様でした」

 補助監督である伊地知さんが車内で優しい声を掛けてくれる。任務を終えた私はぐすんぐすんと鼻を啜りながらありがとうございますと感謝の言葉を口にした。いつだってこうだ。帰りの車内私はいつも涙を流してしまう。今日の呪霊も一段と怖かった。目玉は飛び出てるし皮膚は爛れているし少し脳味噌だって見えた。グロテスク過ぎて思い出しただけでも身体がぶるりと震えた。
 移り行く景色を窓から横目で見ながらつくづく自分は呪術師として相応しくないと思う。毎度毎度ぴいぴい泣いて周りに迷惑かけて。子供にも程がある。きっといつか高専から見限られる私はグズの用無しへと成り果てるだろう。あ、今とそんなに変わらないか。

「おかえり羽衣」

 高専へ着き教室に寄ると真希ちゃんと棘君、パンダ君がいた。三人共私の同期である。

「その目また泣いたな」
「こんぶ?」

 赤くなっているだろう私の目を見てパンダ君がからりと笑う。反対に棘君は大丈夫?と優しさを滲ませた言葉をくれるから引っ込んだ涙がまた溢れそうになった。グッと堪えたけれど。危ない危ない。

「……なんで呪霊ってあんな見た目なんだろう。もっと可愛ければ祓いやすいのに」
「呪霊に可愛さなんか求める奴いねえって」
「しゃけ」
「例えば皆パンダみたいな見た目だったとして羽衣祓えんのかよ」
「ええっ無理!」
「だろ。慣れるしかないんだよ」

 な、なるほど。確かにパンダ君みたいな呪霊を祓える気がしない。つぶらな瞳できゅるんとか見つめられたら寧ろ逃してしまうかも。嗚呼私はなんてポンコツ呪術師なんだ。

「まあ今日はゆっくり休め」
「明日は学校も休みだしな。なんだったら俺が添い寝してやる」
「おかか」
「うう、皆ありが」
「羽衣ーーー!」

 いつだって優しい皆。そんな彼らが大好きで感謝の言葉を口にしようとしたけれど全てを言い切る前に、ばんと扉が勢いよく開かれる。何事だと目を丸くすれば悟君もとい五条先生がにやにや顔で私を見下ろしていた。何か、嫌な予感。

「明日から仙台に行くよ」
「………え?」
「任務だよ任務」
「ええっ私今帰って来たばっかなんですけど」
「本当は恵に当てられたんだけどね。特級呪物が絡んでるっぽくて一人じゃ不安だからさ。勿論僕も行くけど」
「特級!?無理です!絶対に無理です!気絶して役に立ちません!置いてってください!」
「だーめ。もうこれは決定事項だから」
「そ、そんな」

 今日の呪霊だって気絶寸前のところを我慢したのに特級呪物なんて遭遇したら私はきっとお荷物確定だ。引き寄せられた呪霊なんかがうじゃうじゃ居るだろうし。想像しただけで脚が震える。五条先生だって私が使いものにならないこと分かり切ってる筈なのに。酷い。酷過ぎる。

「じゃあ明日朝一で迎えに行くから寝坊しちゃ駄目だよ」
「ああっ待ってください!」

 そんな言葉虚しく五条先生は既に遥か彼方。がーんと絶望に打ちひしがれその場に佇む私の肩に同情した三人がぽんと手を乗せた。
 今度こそ死ぬかもしれない。