そしてそれはいつか愛となる
「いーい?呪力を全身に巡らせるのは酸素と一緒。意識しないでできるようになろうね」
でも先ずは呪力が巡っている感覚を覚えなくてはと虎杖君の手を握り、私の呪力を流す。
どうかなあ分かるかなあと少しハラハラしながら虎杖君のことを見詰めると、じっと動きを固めていた虎杖君が突然「おおっ」と声を上げたので私もほっと胸を撫で下ろした。
「その感じ忘れないでね」
「はい先生っ!」
「えへへ先生なんて照れちゃうな」
手を繋ぎながら、あははうふふと何とも和やかな時間を過ごす。じゃあ次は流す呪力を徐々に減らしていくから自分で補っていってね。少しずつで良いからと言えば「こーら」と頭に手刀が降り注いだ。えっなに。
「五条先生…!」
「羽衣甘やかしすぎ。それじゃあ悠仁の特訓にならないでしょ」
「だ、だってぇ…先生が持って来た呪骸痛そうなんだもん」
「悠仁はあれくらいじゃへこたれないから」
「……はい。じゃあ虎杖君これ」
「えっなんか不穏な感じ……ってぶふぉ!」
クマの呪骸を虎杖君に渡した瞬間、その可愛い見た目からは考えられないほどのパンチが虎杖君の頬にめり込む。ああっやっぱり痛そう…!と思わず顔を歪めてしまった。
「何この凶暴なぬいぐるみ…!」
「その呪骸は一定の呪力を流し続けないと目を覚まして今みたいに襲ってくるよ」
虎杖君に課せられた特訓内容はクマの呪骸を持った状態で映画を見ること。どんな感情下でも一定の呪力出力を保てるよう、常に気を抜かないことが要求されるのだ。多過ぎても少な過ぎても呪力が乱れれば殴られてしまう。ん〜バイオレンス。
そして私には虎杖君の呪力を乱す役目が与えられた。甘やかしては駄目だと再三言われたので、此処は涙を呑んで鬼になろうと思います。たぶん。
*
兎に角色々映画を見ることが大切だと言われ虎杖君とここ二日間沢山の映画を見た。アクションやコメディにSFと割と何でも楽しむことができたけどホラーだけは当然の如く駄目できゃあきゃあ泣き叫んでしまった。その節はごめんなさい。
今見ているのは穏やかな恋愛物で運命的な出会いをした二人が徐々に愛を育んでいく物語だ。心の移りゆく描写が綺麗に表現されていてつい魅入ってしまいそうになるけれど何せもう夜も深い。瞼が重くて仕方なかった。
「羽衣さん眠い?」
「んう、ちょっと…」
「寝てもいいよ。ベッドあそこにあるし」
「んーん。この映画見たら、部屋にかえるよ」
とは言いつつ、落ち着いたBGMも相まって程よい眠気を誘う。このままだと寝てしまうと思い、目を擦りながら「……虎杖君は好きな子とかいる?」と映画に引きづられたような質問を突然してしまった。
「んー幼稚園の時とかは居た気がするけど今は特に。羽衣さんは?」
「私もいないなあ。同期の皆はもちろん、恵君や野薔薇ちゃん、五条先生のこともだいすきだけどね。あ、虎杖君のことも……」
みんなみんなだいすきだよ。想うだけで胸がぽかぽか温かくなって自然と笑顔になれる。そんな人たちと出会えてわたしは世界でいちばんのしあわせものだ。
「あの〜羽衣さん。ちょっと恥ずかしいのですが」
左肩にかかる重みに、緊張からか心臓の音が早くなる。映画の内容なんか全然頭に入らなくて恐る恐る自分の気持ちを伝えれば、すうすうと言う柔らかな寝息が聞こえた。あ、寝ちゃったのね。
何故だかそのことにホッと息を吐いて、羽衣さんに掛けるものを探そうと少しだけ身体を動かす。すると俺の肩によりかかっていた羽衣さんが支えを失ったのか今度は俺の膝に倒れ込んだ。
「うおッ危ねー」
咄嗟にぬいぐるみを上に持ち上げて避ける。多少声を出してしまったけれど呪力を乱さなかったことを先ずは褒めてほしい。誰も褒めてくれる人いないけど。
「(そうだよなあ疲れてるよなあ…)」
昼間は学校で放課後は俺の特訓。疲れてるに決まってる。だけどそんな素振りは一切見せなくて、何時も優しく褒めてくれて、前にも思ったけど羽衣さんってすっげえ良い人だなって改めて感じた。
俺が生きてるって分かったときもめっちゃ喜んでくれたし。
「(……あのとき、綺麗だったな)」
赤く染まった頬に涙を流しながら生きていてくれて嬉しいって笑った羽衣さん。正直感動したしなんかグッときた………って、んん?
何の違和感なく進んでいった思考にいやいやと頭を振る。羽衣さんは先輩で、ただ単に優しいから俺の無事を喜んでくれただけ。大丈夫、ちゃんと分かってる。うん。
「…………」
やべえ。なんかさっきよりも落ち着かない!
「駄目だよ悠仁。幾ら可愛い子が居るからって寝込みを襲っちゃ」
「うわあッ!ご、五条先生!?」
「まあ男の前でこんだけ無防備な羽衣も充分悪いけどね」
突如現れた五条先生に心臓がばくばくと音を立てる。し、死ぬかと思った。
「出かけるよ悠仁」
「えぇ!?」
「課外授業。呪術戦の頂点。「領域展開」について教えてあげる。あ、勿論羽衣は置いてくから」
説教はお預けだ、と言った五条先生。声は落ち着いていたけど、何故か少し怒っているような気がして背筋がぶるりと震えた。