おまけ


にこにこしながらパイナップルをタップダンスさせたら、ひとつ学年があがった。スリザリンから睨まれることがなくなってあくびがでるほど平和な日々がつづいていた。
わたし以外の人は平和じゃないらしく、この前ホグワーツの生徒がひとり亡くなった。そして魔法界では大変なことがおこっているらしいのだけれど、わたしはあまり詳しく知らない。みんなと違ってクィデッチにも興味がないし、勉強も実践以外はうまくやれているし、残るは色恋沙汰のみだ。
最近はハッフルパフの男の子とよく話すようになった。薬草学が一緒でいつも偶然隣になる男の子。お互いの得意分野を教えあうために図書室で一緒にテスト勉強をしたり、木陰のベンチでおしゃべりしたり、まあわたしは女の子の友達といる時間のほうが長いし好きなのだけれど。

日常におちている小さなしあわせを集めていたのに、わたしの目の前でいつもとは違う光景が目に飛び込んできた。
寮同士の口論らしく、ハーマイオニー先輩がきっと正論を言ってそれにスリザリンの子がつっかかったんだろうなあ。わたしの出る幕じゃなさそうだし(口論は苦手)寮監であるマクゴナガル先生を呼んでこようとしたとき、嫌な音がわたしの耳に届いた。備え付けのシャンデリア、裏地が緑色のローブ、杖を持たない女の子、シャンデリアの落下速度が遅く感じて、わたしは反射的に自分の杖を構えた。

「Sectumsempra」

シャンデリアを引き裂いて、ぱらぱらと粒子になった残骸が舞った。
ぽかんとしている杖を持たない先輩のもとにわたしが駆け寄ると、わたしはハーマイオニー先輩とは逆の方向に引っ張られた。捕らえられたのはわたしの右腕。

レンズ越しに目が合う、おなじ緑色の瞳。

「その呪文、どこで習ったの?」
「え?」
「どこで、誰に、習ったの?」
「え…っと……わかりません」
「わからない?きみは、その、魔法族の子どもじゃないから誰かに教わったんだと思うんだけど、教えてくれないかな、ぼく、その人を探してるんだ」
「…ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃわからないんだけど、」
「ハリー!」

「やめてあげて、お願いよ」

ハーマイオニー先輩の声でわたしの右腕をつよく握っていた手がようやく離れ、自由になったのはいいけど、わたしは今の状況があまりよくわからなかった。ただ腕に激痛が走っていただけ。

まだ、緑色の瞳は強いままわたしを見ている。

本当に知らないんです、そうつぶやいたわたしを震えがとまったハーマイオニー先輩がやさしく部屋まで送ってくれた。ポッター先輩は置いていってしまっていて、ちょっと気が引けたけれどハーマイオニー先輩が気にしないでって言っていたからもう考えるのをやめよう。紅茶を飲んで一息ついたらその日はなんだかいつもよりねむくなってぐっすり寝てしまったからほんとうになにも考えなかった。誰かと会う気にもならなかった。

雪が積もり始めて、クリスマス休暇がもうすぐやってくる。クリスマスは家族で過ごすのがみんなのお決まりだから少しの間ホグワーツから離れなければならない。わたしと離れるのがさみしいなあと言ったあの男の子に、わたしは激しく動揺したりしなかった。ああ、そうなの。くらいだった。おしゃべりやどこかへ行くというのは楽しいと思うけど、なんだかわたしは冷めてしまっている。冷めてしまっているのかな、いや、なんだかしっくりこないのだ。
そんなわたしの気持ちを察したのか、男の子はわたしへの想いを口にするようになった。

しっくりこない。なんでだろう、わたしの心が動かない。みんなはあんなに素敵な人をつかまえておいて高望みだとか理想が高すぎるとか言うけれど特別好きでもない人と付き合えないものは付き合えない。わたしの時間と相手の時間をむだにするわけにいかないから。好きでもないのに付き合ったところでうまくいかないし、その時間をもっと他の女の子と恋愛するために使ってほしい。
相手の男の子が悪いわけじゃない、わたしにはもったいないくらい素敵な男の子なのに心が動かないわたしが悪いの。
せっかく好きになってくれたのに応えられない。しっくりこない。
わたしの心のしこりが大きくなってきている気がする。真っ赤になってしまっている気がする。真っ赤を通りすぎて膿んでしまった気がする。

ぎたぎたにしてしまった肌はぼろぼろになった。

ハッフルパフのあの男の子に告白された廊下でそっと右腕をなでた。わたしはここで何かとてつもなく大きな衝動にかられて持っていたペンを突き刺した。いろいろ考えてしまっていた時だからきのうだっけ。おとといだっけ。なんかもうどうでもいいや。
もう、特別好きな人ができない、自分でもよくわからないんだって、ときめかない、あなたじゃだめだって身体が拒絶して、わたしの身体は自分しか触れらんないからめちゃくちゃにしちゃうんだって。

暗かった廊下にぱっと灯りが照らされて、現実に無理矢理もどされた。

「こんな時間に散歩とは、良いご身分ですな」
「……スネイプ教授」
「グリフィンドール10点減点」 
「…すみませんでした」
「本当にそう思うのなら罰則でも与えることにしよう」

スネイプ教授はわたしについてこいと言っているようだった。スタスタ歩いていくスネイプ教授において行かれないよう、ついてないなあ、と思ってうつむきながら廊下をぬけると、魔法薬学の教室とスネイプ教授の研究室がある塔が見えてきた。
ひんやりした独特の空気をもったこの空間には覚えがある。罰則でもなんでも、教室でそうじとかをさせられていたから。でも、スネイプ教授のこの暗い部屋に来たのははじめてだ。難しそうな題名の本がたくさんあって、書類にペンを走らせて浮いているものがよっつくらいある、あ、意外に綺麗な字だなあ。

ぼーっとしていたわたしの右腕に激痛が走って、また現実に戻された。わたしをつかまえる黒い瞳は確かにわたしを見ていた。
じんわり、おととい羽ペンを突き刺したところから血が滲んでも、スネイプ教授は力をゆるめるどころか強くにぎった。

「君の生きたしるしだとは言ったが、増やしていいと言った覚えはない」
「っ、なんで知って…」
「君が覚えていろと言ったんだろう、その呪いのお陰で片時も忘れたことなどない」

全くいい迷惑だ、とつづけた教授のきれいな手の先には杖。なにがなんだかわからないわたしは視界のすみっこで見覚えのある容器をとらえた、あれはわたしがふくろう便でとばした香水の、


Obliviate


はじめてなんて大嘘だ。わたしはずっとここや薬学の教室、あなたのこころにまで入り浸っていたのに。支えてもらっていたのに。わたしの一部になっていたのに。
過去がわたしに戻ってきた瞬間、あの時からため込んでいたものが溢れでた。

「ごめんなさい、」

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、あなたを受け止められるほど大人じゃなくて、縋ることしかできない子どもでごめんなさい、早く大人になるからもう消さないで。
押し寄せてくる感情とともに涙腺からたくさんの水分がぼろぼろこぼれて、止まらなかった。
血の滲んだ右腕に触れている教授の手に自分の手をかさねてぎゅっとしたら、いつもはすり抜けてしまうはずのあなたの手がそのままになっていた。また、あなたは、わたしの心を締めつける。

力が抜けてしまったわたしをいすに座らせると、まだ血があふれている一番新しい痕に触れて肌の組織を修復していた。ひざまずいた教授の顔が近くって、ひさしぶりにこんなにじっくり見たかもしれない。泪がじゃましてうまく緑にうつってくれないけれど。

わたしはスネイプ教授を責めることなんてできない、わたしが教授なしで自立するためにしたことかもしれないし、教授はわたしのことをくだらない理由でこんなことにしない。きっと、やさしいやさしいあなたはわたしのために。

わたしの体内にある水分も呼吸器官も全部もっていくこの人とずっと、世界がおわるまでこうしていたいと思った。

「教授、どうしてですか」
「何がだ」
「…何でこんなに笑えないことしたの」
「もう時間がない、過去を片づけなければならない」

教授はまた嫌そうな顔をした。
過去、というもののせいでわたしはこうされたということか。わたしは教授の過去を知らないけれど、わたしのことを考えてくれた末のことだったんだろうか。わたしが教授の過去とやらに巻き込まれると思ったんだろうか。やっぱりわたしが生徒だからなんだろうか。

教授のことはよくわからない。
わたしのことは開心術?やらいろんな色の薬瓶につまっている物質からよみとって全部知っているくせに、わたしが教授のことをちっとも知らないなんて不公平だ。全くずるい大人だ。
教授のことはまだよくわからないけど、なんでかな、この大の大人を抱きしめたいと思うなんて。

「大丈夫。セブルス・スネイプは整理整頓が上手だから」

目の前にあった首もとを抱きしめながらいうと横にある教授の口角がすこしあがった。
それと、わたしの記憶を消すならわたしを殺してください、わたしはあなたのせいで気が狂いそうだったんですよ、と付け足したら、まゆをさげながら目を細めた教授。わたしがこの人をこんな顔にさせているんだと思うとなぜだかまた心臓が激しく伸縮して苦しくなった。

教授は知らな過ぎる、どんなに自分がやさしい魔法使いであるのか知らな過ぎる。わたしにだけ甘い、百味ビーンズのバタートースト味よりも甘い。甘いからわたしは離れられないし、他の男の人にしっくりこなかったのだ。
緑色の瞳も無数の痕が残るこの肌も、わたしの想いも、あなたが受けいれてくれたから。

わたしは教授と一緒にいないときも、あなたのことを考えているのですよ。あなたが1回わたしから消し去ったものはわたしにとって大切な宝物だった。わたしの中に残るべき世界じゃないと教授は考えたのかもしれないけれど、これからもずっと大事にしたいものなのです。
夕暮れ時の時計が見えるろうかで学生時代のあなたを想像して笑い、談話室で友達とはなしているときも頭の片隅ではあなたのことばっかり、予習は魔法薬学が中心になっていてノートがほかの教科よりも2冊余計にあったんだから。
こんなことを全部言ってしまったら、教授は困ってしまうだろうか。それとも優しく笑ってくれるだろうか。

きれいに笑えないあなたにわたしが魔法をかけてあげる。


data:130317



余談

ずっと大切にしてきたのは「ねえ、わたしをみて」ということば。スネイプ教授がずっと心の奥にしまっていたことばです。真っ直ぐに伝える女の子に、スネイプ教授は「愛してる」と言われるよりうれしかったんじゃないかなあと妄想しました。
穢れた血ということばはスネイプ教授にとってトラウマとも言えることば、それを穢れた血に生まれてしあわせ、あなたに治してもらえるからわたしは無知でよかったわっていう女の子、過去をなかったことにしたい教授にあなたの過去があるからわたしはあなたがすきなのって言ってくれる女の子、お互い、なくてはならない存在なのではと思いました。自分のせいでまた腕をぎたぎたにしちゃう女の子をみていられなかったのかなあ、というのを教授視点でかこう、いつかかこう。かくかくといってかけないと困るので余談として残しておきます。
ほんとうはおまけなんてなかったのですが、ふたりをしあわせにしてみたくなりました。
笑ったことが遠い昔できれいに笑えない教授と、マグルの子どものおはなしでした。
細胞同士が近すぎても増えなくて遠すぎても増えない、growth factorみたいだと思ってタイトルを変えました。表記あやふやですみません!

余談長いですね…読んでくださってありがとうございました!
最後は結局ハッピーエンド、それでいいじゃないか!

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