イギリスの夏は、他の国に比べて別にあつくない。いや、あつい日があってもじめじめべたべたしないのだ。一度旅行したことのある日本の夏はひどかった。ひどくあつかった。それはもう、地球温暖化が今後順調に進んでいくんだろうなあと思うくらいに。
そんなことを考えながらぼーっとしていると隣にいた黒い影がわたしに小言を言った。

「もっときびきび歩けないのか?これじゃ日が暮れる…」
「そんなこと言うと今日の夕食抜きだよ!」
「別にいいけど」

さっさと歩く黒を追いかけて、わたしは家路を急ぐ。ああ今日はスニーカー履いていてよかった、この黒い影は目を離すとどこへ行ってしまうかわからない。黒い、スリザリンに所属するセブルス・スネイプと夏休みの間だけ、わたしは一緒にいるようになった。
きっかけなんてそれはそれは些細なことで、わたしの家はたまたまセブルスの家に近くて、わたしのお母さんはたまたま(わたしと同じ年でかっこよくて知的でほうきにのるのがうまい)セブルスのことを気に入ってしまって、夏の間はセブルスをあの家に帰さず、わたしの家に置くことにしたのだ。

ホグワーツ1年目、家が代々グリフィンドールなのにわたしはハッフルパフだったことをずっと母に言えなくて、闇の魔術に対する防衛術の成績が悪いだろうということも言えなくて、あまりなじめずにいたのも言えなくて、ずっともがいていたのを、会って間もなかったのにあなたはすぐに気付いた。汽車で会って、荷物を運んでもらっただけだったのになんか魔法でも使ったんだろうか(いや、魔法使いなんだけれども)。セブルスはなぜか家の前までついてきてくれて、家の門で照りつける太陽とわたしの緊張が限界点を突破しようとしていた時、言ってくれたのだ。

「言いたいことを言えない奴は、臆病な奴だ」

あの夏の日から、わたしの中の特別な場所にあなたはいる。

カタカタと軋む汽車に長い時間揺られ、いろんな色をした小さい花と大きい水たまりを横切って林を抜けると緑色の屋根が見えた。

家につくと、おいしい料理が待っていた。
ほとんどが魔法の力を借りてつくった料理だけれど、一度に何項目もの手順で魔法をかけるのには労力がいる。母は優秀な魔女だ。
母も父も魔法使いであるわたしの家ではマグルのものも結構ある。これは母の趣味で、テレビというものもあるし、電話もある。母が電話にかじりついている隣の部屋で、セブルスとわたしは軽く荷解きをしていた。生活という雑音の中に紛れる彼の音は嫌いじゃない。
セブルスは目の前にまとわりつくわたしを疎ましそうに言った。

「課題は終わった?」
「え?何言ってるの、まだ夏休みはじまったばっかりでしょ」
「僕はもう終わった」
「あっそうですか」

ちょっとだけむっとしたわたしの顔の前に、ひとつの教科書が置かれた。それには古くないのに少しよれていて、たくさんの羊皮紙がはさまっている。僕が戻ってきたら返せよ、と言ったセブルスはお風呂の方向へ歩いて行ってしまった。

なんでこういうことするかなあ、もっと好きになっちゃうじゃないか。

教科書を貸してもらったわたしは自分の課題であるテーマを頭から引っ張り出して、セブルスがくれたヒントを頼りに課題をこなしていった。
彼の魔法薬学の教科書にぎっしりと書かれたきれいな文字をなぞるように見つめる。教科書に挟まれた羊皮紙をめくると教科書には書ききれなかった文字であふれていて、それはもう、秀でているとしか表現できない。

ソファーでごろごろしながら課題をしていると、髪の毛が濡れたままの彼がわたしから1mはなれて座った。手に持っていた本を読んでいる様はいつも見ているはずなのに、なんだか心拍数が上がった。
ページを捲るたび、彼の動作に反応するようにせっけんがかおるから、きっと、わたしも同じだろう。わたしたちふたりは同じせっけんのにおいがする。そんな小さいこともうれしいと思えるほどあなたを好きになっていると気づいたのはもうずいぶん前のことだ。

鼻をくすぐるかおりと、まだ乾いていない真っ黒な髪の毛に感化されたわたしは彼を見つめた。残しておきたい情報がありすぎてこの恋は網膜に悪い。

「ねえ、セブルス。ひとつだけ約束しよう」
「…何だ改まって気持ちが悪い」

「はんぶんこしよう」
「…何を」
「あなたの荷物、わたしが半分持ってあげる」

「僕の荷物は半分でも重いぞ、どこまでマゾなんだお前は」

こんな表情をした彼をみたのははじめてのこと。
わたしは距離をはんぶんに縮めると、マゾでいいから持たせてよと囁いた。少し涙声になってしまったかも。

ねえ、わたし、知ってるよ。あなたが今、どんな人と仲が良くて、どんな魔法に興味を持っていて、もう、引き返せないところまできていること、知ってるよ。

わたしのためにこっちへ戻ってきてなんて言わないから、一緒にいさせて。

微睡んでいるかのような淡い橙に包まれて、なんだか冷たい風が通り過ぎた。大丈夫、あしたはきっと晴天できょう通った林には木漏れ日が溢れているはずだから。


2013/08/05 artさまへ提出
「あの夏の日、はんぶんこ、約束しよう」

ところどころの言葉は喘息さまにお借りしました。
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