声にならない恋を知る



どんなところがすきだったかなんて、もう思い出せない。

傷つくのがこわくて、わたしの知らない世界であなたが生きていることに耐えられなくて、最初は一緒にいられればそれだけでしあわせだったのにいつからわたしはこんな女になったんだろう。

きれいな顔立ちをした男の子に好かれているらしいことを知ったのはもう随分前のこと。
わたしがどこかで落としてしまったの生化学の教科書を拾ってくれていたのが彼だった。わたしはお礼として彼に小さいこすもすをあげたのだけれど、彼はこれだけじゃ足りないと言ってデートのお誘いをしてきた。これだけってなによ、わたしのだいすきなものなんですけど、って怒ったら彼は笑っていた、ああやっぱりきみのこと好きだ、とかなんとか言われた。そのときの笑顔は芸能人並みにすてきで絵になっていたというのは調子に乗りそうだから一生教えてあげない。
わたしも最初はみんなと同じようにきれいな顔だなあと思ったけれど、わたしはその男の子の内面のほうがきれいだと思った。普通の人とはちょっと違うし、この人自分のこと大好きなんだろうなあとか思っていたけれど、素直で小さいことでもいきいきしてて、きちんとお礼を言う(謝るのは苦手みたいだ)ところ、今考えるときっとそんなところが好きだったんだなあ。

あの時、あなたが発するさよならがこわくて、わたしは自らさよならした、臆病者でごめんなさいと言えないわたしのことを、きっと彼はそういうところが好きって言って笑ってくれるんだろうな。なくさないとわからない、あの笑顔が勉強ばっかりしているわたしをどれだけ人間らしくさせてくれたのか。

わたしはいま、きみと一緒に生きている。

国家試験が終わって、物事を考えられるようになったときわたしは自分の身体に起こっている変化に気づいた。
ずっとずっと医療系の勉強をしていたから、その知識が実習以外ではじめていかされた。病院は狭い世界すぎて頼れない、すぐうわさになってしまう。片親の子どもなんて。

「何をやってるの」
「わたし、産むから」

わたしが自宅出産などの本を買って家に引きこもって勉強していたとき、上から降ってきたことばにわたしは答えていた。
誰にも言わなかったから、はじめて口にだした。現実と向き合うのがこわくて、そんなのはじめて今後のことで頭が真っ白になった。
わたしは全人類自分が産まれた番以上の子孫を残さなければならないと思っているから、この命を捨てることなんてできない、なにより、大好きで大切なあの人と唯一つながれるから、この命を産みたいと思ったのだ。

シリウスはいま、なにしてる?
わたしはこんなに未来について考えているのにあなたはなんで隣にいないんだろう。
わたしはいつの間にか泣いていて、お母さんはわたしの背中をさすってくれていた。お母さんの前で泣いたのはいつぶりだろう、たぶん、幼稚園で飼っていた赤い目をしたしろいうさぎがいなくなってしまったときぶりかなあ。
時計の長い針がちょうど一周したとき、再び声が降ってきた。

「相手の方のこと、好きだったの?」
「……うん」
「本当に?」
「…お腹にある命より好きよ、今でも愛してる」
「そう。じゃあ産みなさい」
「…うん」
「私の親戚の田舎へ行きなさい。そこで産んだらすぐに帰っておいで」
「…就職先は?」
「親戚の不幸があって田舎へ帰ると言って内定辞退しなさい。体調が戻ったら違う職場に復帰して仕事をしなさい」
「子どもがいるのに?」
「そうよ」

「だって仕事はあなたの生きがいでしょう。それを奪うその命は私がみるわ」

お母さんと目をあわせると、わたしより未来を見つめていた。六畳半のこの部屋もお母さんとお父さんが与えてくれたわたしの居場所。

お母さん、わたしを産んでくれてありがとう。
お母さんは臨床検査技師なんて女の子がやることじゃないとわたしの学校の学費をだしてくれなかった。女の子らしく結婚をしてしあわせな家庭を持つことを望んでいた。そのお母さんが、わたしに、仕事をしろと言っている。

こんなにうれしいことないわ。

あなたはわたしに、いつもしあわせを運んでくれる。
いまさら気づいたってもう遅いのだけれど、わたしは未来を後悔しないように生きなければならない。
世界に不景気が訪れようと核爆弾が水中で爆発しようとオリンピックがこの国で開催されようと、あなたがくれた、きみと一緒に。

「あなたはきっとかっこよくなる、あなたのお父さんはとってもかっこいいから」
「パパ?」
「そう、あなたのパパ」

「かっこいいけど、ちょっと自信がなくてママのことが大好きだったのよ」

ひさしぶりの非番でひさしぶりにシリウスとふたりで歩いた買い物からの帰り道、あの喫茶店の前を通ったからか、わたしがひどく疲れていてどうかしてしまったのか、よくわからない。
力をいれたらつぶしてしまいそうなくらいちいさい手をしっかり握りながら、わたしはその場でうずくまってしまった。都心から離れている道で良かった、誰もわたしをみて哀れまない。

わたしが顔をあげるとかわいいかわいいきみがいた。
きみは涙を浮かべるわたしにちいさくて白いこすもすをくれた。その花はきみの手からふわっと舞うと花がほころんでわたしの手の中で桃色になった。

何がおこったのかはわからない。

ただ、わたしのくつの色を簡単に変えてみせたきみの父親を遠くに思い出した。

ねえ、あなたがわたしに隠していたこと、10年経ってやっとわかったわよ。あなたにもう一度会えるのなら、はじめましてからやり直したい。あなたにもらった赤いくつを履いて一緒に歩きたい。

はじめまして、あなたはどんな10年を過ごしてきた?
わたしはあなたでいっぱいだった。


「シリウス、ひさしぶり」
「なんで、ここ…に」
「なんでって」

「この子の学用品を揃えに」

わたしがきみの肩を抱くと、案の定おどろいているちょっと大人になったあなた。わたしはむかしの面影が残っているあなたを見つけることができた。成長したきみが、ホグワーツに行く準備をする買いものに行くなら今日じゃないといやだと頑なだったから、ああ何かあるんだろうなあと思ったらシリウスがいた。

人混みのなか、立ち止まっているのはわたしたちだけで、ハニーデュークスの真横で動かないわたしたちのことを不思議そうにみんながみていた。
わたしもきみもあなたも口を開かないから、わたしはシリウスに恋人でもいるのかなあなんて思った。考えてみれば歳をとったわたしをまだすきな保証なんてどこにもない。急に不安になってきたわたしに、上から言葉がおりてきた。

「よく住所も正体もわからないやつの子どもを産もうと思ったな」
「……そうね」
「今までのこと、謝っても謝りきれないから名字でもあげるよ」

「ここにも世界で一番しあわせな女だっていう証をあげるよ」

すっとひざまずくと、あなたはわたしの左手のくすりゆびにキスをした。
けむりのような銀色の物質がたくさんわたしに集まると固まって、わたしの指に環をまとわせた。

わたしはなにも言えなくて、こんなきれいな人にかける言葉なんて持っていない。

ねえ、この10年間なにしてた?
ひとつずつでいいから毎日わたしにきかせて欲しい。きっと、永遠に退屈しないと思うから。


date:20130310


平和エンド、さらにねつ造ですみません。
銀色の物質は記憶です。女の子のことを大好きで大好きでしかたないっていう記憶を固形にしてつくった指環ってすてきだなあと思って。でもマグルの女の子には一生わからないといい。ずっとふたりでしあわせに暮らせばいい。もちろん、女の子が仕事できる人間界でね。シリウスはお花やさんでカリスマ店員になればいい。
最後は結局ハッピーエンド、それでいいじゃないか!
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