想い出の花のまぼろし



ぐるっと雑巾しぼりみたいに身体がひねられる感覚には未だ慣れない。ジェームズに借りた透明マントで姿あらわしをして、いつもの喫茶店近くにあるさびれた電話ボックスから出るとこんなに人っているんだなというくらいたくさんのマグルが街に存在していた。

好き好んでマグルの世界に来ている理由はひとつだけ、彼女がマグルだからだ。

出会いは別に運命的でもなく、ただマグルの観察という遊びをジェームズたちとしていた二回目の観察対象だった女の子に一目ぼれしてしまったという、実に第三者から見たら気持ち悪い出会いだった。
一目見た瞬間、この子は自分のものになるべきだと思った。ジェームズにはエバンズのほうが知的でかわいくて美しくて完璧だとかなんとか言われ、リーマスにはえ?彼女はまっすぐだから君には似合わないよ(笑)と言われたけれどそんなこと気にせずにマグルとして彼女に接触したら思いのほかトントン拍子でお付き合いまでこぎつけたのだ。この容姿に産んでくれた親にはじめて感謝した。
メール?も電話?もよくわからなかったから彼女には学校の規則で禁止されていて出来ないと言った。そのかわり、こうして毎週日曜日午後2時きっかりに喫茶店キャロルの前で待ち合わせをしている。

彼女は少しの遅刻も許してくれないきっちりした女子だった。ホグワーツの女子は別に俺が遅れても気にしていなかったけど(気にしているけど言えなかった、の間違いじゃないかとリーマスに言われた)彼女に「遅れてごめんなさい、は?」と言われ、何で謝らなきゃいけないんだと最初は思ったけど、まあ、彼女に嫌われたくなかったしごめんなさいと言って俯いていた顔を上げると、彼女は今までで一番しあわせそうに笑いながら「よくできました」と言って俺の頭をなでた。その笑顔をたくさん集めたいと思って、はじめて衝動で抱きしめていた。駅前なのに。

そんなかわいい彼女は今日、花柄のワンピースにジャケットを羽織っていた。ワンピースだけじゃ肌寒い季節になってきたよなあとか話しながら、彼女の買い物に付き合った。彼女は迷いに迷ってヒールの高い赤いくつを買って、あと本屋でミニサイズの本と寄生虫についての資料集を買っていた。いつみても動かないし動かないのがふつうだと思っている写真が載っている資料集を買う意味はよくわからない。なにか買い忘れたものがあるみたいで、本屋の前で待っていると、知っている顔が覗き込んだ。ハッフルパフのかわいい、でも何年生かもわからない女の子。同級生だったっけなあなんて思っていたらその子はぺらぺらと人目も気にせずはなしはじめた。

「偶然ね、こんなところで会うなんて」
「ああ、そうだな」
「シリウスも買い物?マグルばかりで息苦しいわよね。ここへきていること、お互いに内緒ね。あれ、さっき一緒にいたのはホグワーツの子?見かけない顔だけど、」
「また今度、学校で話そう。彼女がもうすぐ来る」
「シリウス…何でマグルなんかに手を出してるの、あなた、」
「早くどっか行けよ」

わざと低くした声に少し顔が青ざめた女の子が目の前から消えるまで目で追ってから彼女を探すと、もうとっくに会計をおえているようだった。違う本を見ている。
マグルもおもしろいもんだよ。マグルというか彼女限定だけれどって言うの忘れたな。

喫茶店キャロルに戻って、早めの夕食を済ませるとさよならの時間が迫ってきていた。いつも彼女は「これから」の未来を想像させることを話してくれる。細いとは言い難いクリームパンみたいなかわいい手で前髪をさわり、満面の笑みでパフェを独り占めする。次はあそこへ行きたい、明日は学校で球技大会があるの、妹が風邪をひいているけどきっと明後日には治るから一緒にオムライスを作るの、あまり自分のことは話さないことに気がついた。学校のはなしなんてしたらだめだし、でも、彼女にならいつか言いたいと思った。雑踏の中、小さい秋桜の花にも気づいて顔を綻ばせる彼女になら。
奢ってもらいたくないとだだをこねる彼女の分も一緒にお会計をしてから、駅へ向かって歩き始めたとき、お店のショウウィンドウを見ながらぽつりと彼女が呟いた。

「やっぱり黒い方にすればよかったかも」
「え?赤にしたの??」
「うん」
「ふーん、開けて確認してみたら?」

くつ箱の中にはきれいな黒いくつ。彼女が買ったくつの色が何色かはわからないけれど、確かに黒いくつが箱の中に納まっていた。
よろこんでいるだろう彼女の顔を覗き込むと、予想とは正反対で今にも泣きそうな顔をしていた。
街の真ん中でバスのクラクションがうるさい。人が行きかう音がうるさい。でも、ショウウィンドウの前だけは静かだった。

「わたし、わたしね、シリウスが赤の方が似合うって言ってくれたから赤いくつを買ったんだよ。ほんとうは黒いくつが欲しかったけどシリウスとこのくつを履いて一緒に歩きたいと思ったの」
「それなら赤いくつにしようか」
「どうやって?」
「それは…」
「シリウス、あのね、わたし、友達の知り合いにキングス校の人がいて聞いたんだけど、シリウスなんて人知らないって」

ごめん、と呟いていた。あの名前もよくわからないハッフルパフ生との会話も聞こえてしまっていたらしい。確信を持ってしまったみたいで非常にまずい。

彼女は今日、いつもと違う。
いつものようなまっすぐな彼女ではなく、俺からはじめて視線をそらしている。彼女の瞳に揺らぐのはシリウスブラックではなかった。

「わたし、シリウスのことがわからない」
「学校のことだったら謝るよ…嘘ついてごめん」
「謝らないで、シリウスは何にも悪くないの、わたしが耐えられないの、ごめんなさい、」
「いや、俺が悪かったって」
「…わたし、あなたのこと大好きだった」
「……もう過去形なんだ」
「…うん、わたしなりのけじめだから。わたしがもう少し大人だったら、もっと違ったのに。本当にごめんなさい…っ」

いつかまた会えたらはじめましてからやり直したい、ごめんなさい、彼女はそう言うと涙をいっぱいためた顔を無理やり笑顔にさせてから背けて、マグルであふれかえっている駅へ消えていってしまった。
追いかければ縮まったはずのその距離をただぼんやりと見つめることしか出来なかったのは彼女にあげる言葉をひとつも持っていなかったから。声を出せば縮まったはずのその距離をただ無音にしかできなかったのは彼女に差し伸べるはずの手が冷えきっていたから。

何て言えばよかった?

また会えたら、なんて、そんな偶然が存在しないことを俺は知っているけれど彼女は知らない。毎週日曜日午後2時にあの場所で待っているただのシリウスブラックは彼女がそうさせただけであって、もともと存在しないものだ。
全部嘘だったらよかった、のに、彼女にはほとんど本当のことを言っていた、全部嘘の自分をふってくれたならよかったのに、多くの魔法を使いこなせることが誇りだったのに、今だけは彼女の隣にいれるただのシリウスブラックに憧れた。

ふと彼女を辿ってみると赤いパンプスを抱きしめて泣いていた。泣きたいのはこっちだっつうのばかやろう。別れる時も彼女はすっぱり自分の気持ちを言って自分を持っていた。あやふやな関係にしたくなくてすっぱり言った彼女はやっぱり俺の好きな女だった、そんなところが好きだったのに、一回も言えてない、ああ、ばかやろうは俺か。誰よりも自分の手でしあわせにしたかった彼女をしあわせにできなかった。
これから君の人生には俺じゃない誰かがはなをそえるんだ、そいつはきっとはなの色を君の気分に合わせて変えられないだろう、君に動く寄生虫の図鑑をみせてやれないだろう、でも、きっと、君が選んだ人ならしあわせにしてくれるだろう。

また、彼女は俺にはじめてをくれた。


data:20130219
plan:存在証明

imagesong:花言葉 Mr.Children


なっがい。魔法は設定がアレだからなっがい気がします。
花言葉は一番好きな曲で、何百回もきいたと思います…MDの時代から…シリウスへたれすぎてさようなら言えてないけど…
学生時代シリウスでしたが年表辿ってたらシリウスとわたしの両親の生まれた年一緒だったよ!うらやましいな!
タイトルや一部の言葉はミントの宝石さまからお借りしました。


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