シュル、と紐が解けていくような微かな音に目が覚めた。なにか布が擦れる音だ。それに誰かの足音も一緒に聞こえる。こんな夜中に一体誰が?コツコツとドアの外に小さく反響する足音がなんだか無性に気になり、わたしもすっかりと温まっていたベッドからそっと抜け出した。冷えた床に裸足の爪先が触れた。そこからひんやりとした冷気を感じて、わたしはひとつ身震いをする。



「…ガゼル?」

ドアを開いて覗けば、先ほどの気になる足音の正体はどうやらガゼルのようだった。銀の髪の毛が暗闇に良く映えていた。なるほど、どうりでなんだか冷気を感じたわけだ。わたしが思うに彼の周りは少しだけ、さむい。バーンやグランはそんなことないとバカにされたけれど。


「どこに行くの?」
「…少し」
「わたしも一緒に行っていい?なんだか眠れなくて」
「勝手にすればいい」

彼の「勝手にしろ」は許可の意味だと、わたしはダイヤモンドダストに入ってから分かった。彼はいろいろと指示するのが苦手なのに違いない。だってあんまり話してくれないし、練習のときもアドバイスをくれることなんて少ししかなかったような。バーンはだめなものはだめ、いいものはいいとはっきり言ってくれる。お前はへったくそだ!と言われたときはさすがにムカついたから一週間口を聞かなかったけど。そしてグランは一緒に練習してくれるけれど、ガゼルはそうではない。それでもわたしは彼の時々(極々稀にではあるが)見せる優しさが好きだった。彼は決して意地悪なんかではないのだ と、わたしは(勝手に)思っている。


「ねえ、どこいくの?」
「…星を見に行く」

ふうん、外か。ガゼルは意外とロマンチストだ。そして彼は早足だからわたしはついていくのにやっとだった。辺りは暗くて、明かりは窓からチラリと見える月だけだ。一瞬、その暗闇に気をとられて足がぐるぐると絡まり、前のめりになったわたしは「うわ、ああ」と情けない声をあげながらガゼルの背中に追突した。追突した、というより全体重をかけてタックルをかました感じが否めない。

「何するんだ!」
「だって!」
「だって、じゃない」
「…ごめんなさい」

ガゼルが、タックルされた背中と腰をさすりながら怖い顔で振り向いたので、わたしはそれ以上の言い訳を止めておくことにした。


「…ん」

目の前にスッと差し出されたのは、ガゼルの白いきれいな手のひらだった。彼は一体これをどうしろというのだろうか。とりあえずその手のひらの上に指先でくるくると円を描いてみた。「やめろ」即座に叩き落とされた。痛い。

「わたしを怒らせたいのか?」
「滅相もございません!」

だって既に怒ってるじゃん、なんて言った日にはわたしは間違いなくチームから追放されると思う。そしたらバーンかグランのところだ。バーンはわたしをパシりに使うし、貸してる漫画返してくれないからちょっと嫌だ。グランはお菓子をくれるから好きだけど、わたしはやっぱりダイヤモンドダストがいいなあ。

「ほら、早く」
「なに?」
「…」

頭の上にクエスチョンマークをいくつか散らせていると、ガゼルは明らかに不機嫌そうな顔をして、ずんずんと一人で先に進んでいってしまった。ああ…追いかけた方がいいのかな、でも、なんか怒ってたし。わたしが遠ざかる背中をぼーっと見送っていると、ふいにその背中がぴたりと止まり、ぐるんとガゼルが振り向いた。おどろいて思わず肩が揺れる。

それからは一瞬だった。ガゼルが今行った道を逆に歩いてくるのだ。そしてわたしの前で止まると、唖然とするわたしの手首をぎゅうっと掴み、またずんずんと道を進んでいく。は、早い…!引っ張られたままのわたしはまた体勢を崩さないように必死に足を進めた。

「…一緒に行くんだろう」

そうつぶやくガゼルの声はいつもよりなんだか弱々しくて、わたしは思わずちいさく笑ってしまった。途端に無言でぎゅうう、と加えられる力。「痛い痛い、ごめんってば!」繋がれているのは、いつの間にか手首から手のひらへと変わっていたけれど。

そんな優しい彼の手のひらは、びっくりするほど、温かかった。

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