イヤホンを耳に挿し、お気に入りの音楽を聴きながらベッドに寝転がって新しい雑誌をめくっているという何とも充実した時間を過ごしていると、そろそろと足下の方から誰かがベッドに乗ってくるのが分かった。グッと後ろ半分が少しだけ沈む感覚。そのまま無視を決め込んでいれば、遠慮なく腰に巻き付いてくる腕。しょうがなくイヤホンを片方だけ外す。

「…ちょっと、一哉」
「あれ?なんだ気付いてた」
「無視してたんだよ」
「だって先輩が全然かまってくれないから」

つまんない、と口を尖らせる表情は正直そこらの女子よりも何倍もかわいいのに(こういうと彼は決まって不機嫌になるけれど)、その大きな手のひらはまだ平然としてわたしの腰のラインをゆるゆるなぞるままである。この中学生男子め。そう言ってやれば「健全だよ」とのこと。健全という文字を辞書で調べた方がいい。もっとも、彼の表情と行動とのギャップにはもう慣れてしまったのだけれど。ふとその手が腰から下に降りようとしているのを感じて、わたしは咄嗟に身を捩らせた。突然目的地を失ってしまったことにより彼の手は宙をきって、それと一緒に「あーあ」なんてわざとらしい声が聞こえる。あーあ、じゃない。

「ほら、降りなさい」
「やだ」
「あのねえ…このベッドシングルなんですけど。狭いんですけど」
「じゃあもっとくっつこうよ」

ああもう、実に厄介だ。こうなった彼は、もはや誰にも止められないということをわたしは十分に経験している。甘えモードのスイッチがオンの状態。いつもは比較的大人びた彼だが、一度ぱちりとスイッチが入ってしまうとなかなか切れないのが困ったところである。

「さっきまでゲームしてたじゃん」
「クリアしちゃった」
「…宿題は?」
「そんなのもうとっくに終わらせたよ」

その見事な切り返しに「はあ、そうなんですか…」としか言えず、今度はわたしが言葉に詰まる番だ。最終兵器、宿題がすでに終わっているとは。黙り込んだわたしを見ると、一哉は勝ち誇ったような笑顔でわたしを閉じ込めるようにぎゅうっと抱きしめた。柔らかい髪の毛がふわふわと頬をかすめてくすぐったい。そして、なんだかんだで彼の全部を許してしまうわたしにも、随分と困ったものである。


「このまま寝ても良い?」
「えー」
「ちょっとだけ」
「…しょうがないなあ」
「ありがと」

練習で疲れていたのだろう、ふわっと眠そうな笑顔を向けられて、わたしの心拍数はどんどんと加速していく。果たして、顔が赤くなったりはしていないだろうか。わたしの方がふたつも年上だというのに。火照った顔を見られないようにして、もぞもぞと腕の中で下を向いた。この心臓の音が彼に聞こえていたらどうしよう。本当は年上の余裕なんてものは全然なくて、どきどきしたり、不安になったり、焦ったりしてるのはいつだってわたしの方なのに。

「どきどきしてる」
「うううるさいなあ!寝ないなら離してってば!」
「はいはい、ちゃんと寝るよ。おやすみ」
「……おやすみ」

数分後、ちいさく聞こえてくるのはすうすうと規則正しい寝息。部屋は西側から差し込む光のせいで柔らかなオレンジ色に染まりきっていた。とくんとくん、と脈打つのはわたしの心臓か、それとも彼のものだろうか。一定のリズムで刻まれ続ける鼓動と心地好いあたたかさにわたしの瞼もだんだんと重たくなっていくようだった。このまま寝てしまおうか、なんて答えは決まっているけれど。





ゆっくり目を開けるとわたしを抱きまくら代わりにしていたはずの彼の姿は、隣にはなかった。時計を見れば短い針はもう7の数字を指すところである。部屋は当然真っ暗だ。もう帰っちゃったのかな、寝起きでぼんやりしたままの体をを起こし、目をこする。「帰るなら帰るで起こしてくれればいいのに…」呟くにしろ、彼のいないベッドは何だか広すぎる。

とりあえず顔でも洗おうとベッドから降ろした右足がぎゅむ、と柔らかいものに触れる。というか踏んだ。同時に「いたっ!」というちいさな声が。びっくりしたのと焦ったのとで、わたしは頭をぐちゃぐちゃに混乱させながらも部屋の電気をつけた。

「…なにしてんの…」

むくりとカーペットの敷かれた床から起き上がった姿を見れば、てっきり帰ったとばかり思い込んでいたはずの彼。唖然とするわたし。

「え、なんで床で寝てたの…?」
「ひどいなあ、先輩が落としたくせに」
「えっ」

慌てるわたしを他所に、ふあ、とあくびをひとつしてから彼はわたしの座るベッドに乗った。自分では気付かなかったが、髪の毛が跳ねていたらしい。彼の手のひらがわたしの前髪を撫でた。

「おはよう」
「…お、おはよう…」

そのまま手が頬に降りる。顔を上げれば、触れる唇。離れたあと「なんだか新婚みたいだね」なんて笑いながら言うものだから、わたしは恥ずかしさと嬉しさがぐちゃぐちゃに混じった顔しか出来ないのだった。

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